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http://yzkak.namidaame.com/ [Honey**]


愛を食べたこども

「そうたー! そうた、どこっ」

けたたましく俺を探す声に、若干げんなりしながら、俺は膝を抱え込んでいた手にギュッと力を込めた。
そーすけが俺を大事にしてくれてんのは、分かる。それもちょっと過剰じゃないかってくらい、そーすけは俺を大事にしてくれてる。

「そうたっ! どこだって言ってるでしょ、出ておいで!」

声と一緒に俺の隠れている茂みのすぐ側を、そーすけがわたわたと走り抜けていくのが分かって俺は小さく息を吐いた。
そーすけは自分の大人の視線のままで俺を探すから、俺を見つけるのがとんでもなく下手だ。
俺を子どもだ子どもだと言っている割には、子ども扱いをしきれてないと思う。
まぁでもそれも、そーすけはなりたくて俺の父親代わりになったわけじゃないんだから、しょうがないのかもしれない。


【あいを食べた、こども】


「なんだ、また宗佑、おまえ見つけられなかったんだ」
「みたいだね、今も探してるかも」

ひっそり(って言っても夢見荘はだいぶ古いから2階の廊下を歩くだけでぎしぎし音がすごいんだけどね)階段を上がって、自分の家を素通りして隣のタカノブの家に入り込む。
今日はもうタカノブが帰ってきてるって言うのも織り込み済みだ。

泥だらけの俺を、タカノブは何も言わないでお帰りってしてくれる。そーすけじゃこうはいかない。どうしたの何これ誰にやられたの、のオンパレードだ。
それが嫌で、俺はこんな日はそーすけがいなくなるのを見計らって、タカノブの家に逃げ込むことにしている。

「宗佑かわいそー。絶対今頃半泣きだよあいつ。おまえももう9歳なのにねぇ」

心配症なんだから心配させるなよと笑いながらタオルを貸してくれたタカノブに、小さく「ありがと」とお礼を言ってお風呂場のドアを閉める。
心配させるなだなんて、そんなの分かってるっての。だからこうしてここに来てるんじゃないか。
押されて転んだ膝小僧に冷たいシャワーが染みて、ほんのちょっとだけ涙が出そうになった。


汚れを落としてお風呂場から出てきたら、タカノブがバンドエイトを放り投げてくれた。キャッチして水気を払った傷口に貼り付けて、ズボンを下ろす。これで大丈夫だ。

「今日は誰にやられたんだよ、いじめられっ子だな、そうくんは。昔はそうくんのがいじめっ子みたいな顔してたのになー」
「ほっといてよ、タカノブには関係ないじゃん」
「関係ないからこそ、気軽に聞いてんじゃん。これが宗佑だったらおまえ、大騒ぎだろー?」

新聞を読みながら尋ねてくるタカノブに、まぁそれもそうだなとちょっとだけ思う。だから俺もぽつんと零してみる。
タカノブはそーすけの負担になるって思ったら絶対そーすけには言わない。だからそこは安心できる。

「俺は可哀そうな子なんだってさ。父さんも母さんもいなくて汚い家に住んでるんだって」
「へぇ」
「そんで俺は可哀そうじゃないって言ってやったの。そーすけがいるから全然可哀そうじゃないって」
「そしたらなんだって?」

ぱさっと新聞を繰る音が聞こえた。ちょっとだけその先を言いにくくて、でもここまで言ったら一緒だよなと腹をくくる。
それでもいちばん最初の音を出すのは結構時間がかかった気がした。

「お前のおじさんホモのくせにって言われた。お前はホモに育てられてるんだって」

だからお前もホモになるぞ、近づくなと言われたのは別にどうでもいいんだけど。窺うようにタカノブに視線を送ると、新聞の隙間からすんごい微妙な顔が見えた。

「あのな、宗太。俺と宗佑は別に……」

なんというかともぞもぞ言ってるのに、なんだか俺の方が恥ずかしくなってしまった。でもちょっと悔しい。

「タカノブはそーすけが好きなの?」

そーすけは俺のなのに。
なんでだか分かんないけど、刷り込みみたいに俺はもうずっとそう思ってる。そーすけは俺のなのにって。
でも俺はずっとそーすけにとって子どもで、タカノブみたいな隣に立てる存在になれない。

「……俺はね」
「そーすけも、タカノブが好きだよ」

なんで俺がこんなこと言ってやらなきゃなんないんだ。むぅっと唇を尖らせた俺の頭を、タカノブの大きな掌があやすようにくしゃくしゃと撫ぜてきた。

おいしいご飯を作ってくれて過剰なくらい俺を心配して愛してくれるそーすけは、父さんというより母さんみたいだ。と言っても、俺には俺のお母さんの思い出はないから、本とかテレビとかで得た印象でそう思ってるだけなんだけど。
タカノブは、悔しいけどちょっとだけお父さんみたいだと思った。


そろそろ戻れよと促されて、俺はタカノブの家から隣の俺とそーすけの家に戻る。
移動にして1分もかからない。なんで同じ家に住んでないんだろうと昔聞いてみたことがあるけれど、「狭いから」と異口同音で返されてそれで終わりだった。

いや、そう言う問題じゃないと思うんだけど。

一緒に住むことが目的だったら、もうちょっと広いところにしたらいいだけなはずなのに。そーすけと二人だけのこの空間は俺にとっての宝物みたいなものだけれど、もしそーすけがタカノブも一緒って言ったら、俺はたぶん反対しないと思う。

俺が帰ってこないから慌てて探しに行ったのか、台所の流し台の上には切りくずや包丁が取り残されたままだった。
どうせこれだって3人分なのに、とほんのちょっぴり嫉妬の混ざったようなよく分からない屈託を抱いたまま、片付けておこうと手を伸ばしかけたまさにその時。
恐ろしい勢いで玄関のドアが開いて、死にそうな顔色のそーすけが飛び込んできた。どうせ今回もタカノブが連絡したに決まってる。

「そうた! ちゃんと学校からまっすぐ帰ってくるって約束したとこでしょ、なんでこんな勝手に一人で遅くなんの!」

毎度のこととは言え、若干勢いに呑まれて、ぽかんとそーすけを見上げていた俺だったけれど、すぐにそーすけを安心させたくて用意していた嘘を思い出した。

「ごめん、友達と遊んでたら時間忘れてたんだ」

しゅんとしてそう言えば、「でも戻ってきてくれたんなら良いんだ、良かった」とほんの少し落ち着いた顔になったそーすけが俺をぎゅっと抱きしめた。
俺の身体はまだそーすけの腕の中にすっぽり収まってしまう。
俺は、子どもだ。
そーすけと初めて出会った頃とちっとも変らない、子どものままなんだろう、少なくともそーすけにとって。

そーすけの腕のぬくもりに包まれながら、俺もきゅっとそーすけの薄い背中に手を回す。まだ俺では回りきらないけれど。

そーすけはやさしい。馬鹿みたいに俺に甘い。
でも、子どもの俺が言うのも変な話かもしれないけど、すごく不安定だ。ゆるく淡く揺れ続けている。

そのたびに俺は、記憶の片隅に眠る声を思い出す。

まだ俺の父さんがいたころの話だ。父さんはそーすけのお兄ちゃんだった。
父さんとそーすけはあんまり似てない。父さんの顔は俺の頭の中ではおぼろげになりかけているけれど、残されている写真で確認してみても、あんまりだ。
でもそーすけの優しく笑う表情がたまにひどく懐かしくなる。
たぶんきっと、父さんもそんな顔で俺を見てくれていたんだと思う。


なんで、俺の名前は宗太っていうの? 

保育園かどこかでそんな話題が出たんだろう。
そう尋ねた俺に、父さんは馬鹿みたいに愛おしそうに俺の頭を撫でてくれたのを覚えている。

宗太の名前はね、父さんが一番大事にしてる人の名前から一文字もらって付けたんだよ。
ふうんって思った。それでその人って誰なんだろうって純粋に思った。
そのとき俺にはもうお母さんはいなかったけど、もしかしてそうなのかなって思った。だって、父さんとお母さんがいたから、俺は生まれたんだよね。

そしたら父さんは、すごく困った顔をした。

『たぶん、そうだったら今もお母さんはここにいたのかもしれない。ごめんな宗太』

そのときは、それがどういう意味かだなんて分からなかった。
ただ父さんがあんまり悲しそうで寂しそうだから、俺はそれ以上を聞けなかった。


でもずっと、それは誰のことなんだろうって思ってた。会ってみたいなってその人はどんな人なんだろうなって。

それが誰だったのか、俺は父さんのお葬式の日に知った。


「きみ、そうたくんっていうの?」

丸い眼をちょっと大きくしてその人は言った。お葬式に来てくれたどんな人よりも、今にも崩れそうな影を背負っていたお兄さん。
その人は俺は宗佑っていうんだよと言って、小さく笑った。

あぁこの人だったんだなって分かった。そう思ったとたん、何でなんだろう馬鹿みたいに胸が騒いだ。
父さんが死んでしまったっていうのは、このときたぶん俺はしっかり理解はできていなかったと思う。でも、これだけは分かったんだ。

この人が父さんが一番大事だった人だって。

そーすけとほんのちょっとだけためらいながら名前を呼んで脚に抱きつきにいった俺を、壊れものみたいにそーすけはきゅって抱きしめてくれた。
そのときに思ったんだ。俺はきっとそーすけを好きになる。
そーすけを好きになって、ずっとずっと、そーすけのそばにいる。

そんで絶対、俺はそーすけを寂しくなんてさせないって。


「ごめんね、そーすけ」

ごめんねともう一回そう言えば、そーすけは俺こそごめんねとやさしく笑った。

「俺は絶対、そーすけのそばにずっといるよ。急にいなくなったりしないからね」
「……うん、わかってるよ」

わかってるんだよ。そうたはそうただもんねと言い聞かせるみたいにそーすけは呟いた。それが誰と比べてかだなんて、俺はもう気づいてしまっているけれど。

「晩御飯食べよっか。ちょっと遅くなっちゃったけど温めなおすよ」
「じゃあタカノブ呼んでくる」

ほんのちょっとだけ、いやだけど。靴を履いてドアを開ける。
壁をたたいただけでも聞こえると思うんだけど、それはちょっと行儀悪いよってそーすけに怒られたことがあるからやらない。

ちちちっとコンロに火がつく音がして、さっそく良い匂いが漂ってくるような気がした。とたんお腹が空いてきて、俺は急いでタカノブの部屋のドアをたたいた。


【END】

お付き合いくださりありがとうございました!