ガチャンと派手な音がした。
そう思ったときには、出来上がったばかりだったはずのチョコが無残にフローリングの上に散らばっていた。
「あー……」
なにやってんだ、俺。深々と溜息と吐き出して、慎吾は頬に落ちてきた前髪をかきあげた。
隣の城崎兄妹にバレンタインに自分が手作りチョコを贈るのは、男がそんな日にチョコを作ることに違和感を覚える前からの習慣である。
良く考えなくても、かなみから貰えばいいような気がしなくもないが、一度も貰ったことはない。
まぁ、かなちゃんがくれたらくれたでしろが煩そうだけどねぇ、と幼馴染みの仏頂面を思い浮かべたところで、慎吾はもう一度溜息を零してしまった。
……なんと言えばいいのか。あの真白が。無愛想で常日頃ぼーっとしているあの真白が、何故か隣のクラスの女子にチョコを貰っていた姿を見てしまったのだった。
「あれ、実は俺宛とかないかなー」
しろのことだし。と大変真白にとっては失礼なことを考えてみたけれども。あれはそう言うあれじゃなかった気がする。いや、そら、しろはなんだかんだ言って可愛いけど。俺は激しくそう思うけども。
なんと言うか、だ。習慣的な怠惰さで作り上げたそれが駄目になった今、新たに作り上げる気力がない。
「なにやってんだ、おまえ」
「や、うん。……ちょっと人生に疲れてた」
玄関が開いたことも、勝手知ったると言わんばかりに台所に向かって歩いてくる気配があったことも気づいていたのだけれど、なんとなく素直に「おかえり」と言ってやることが出来なかった。
「なんだそれ」とまったくいつもの調子で真白が呟いて、頭越しに惨状を覗き込んできた。
「なにやってんの?」
うん、たぶん、その答えを俺も知りたい。
「いや、まぁ、ちょっと、やらかしちゃって」
へらりと笑みを張り付けて振り返ると、どうでも良さそうに真白は「ふぅん」と頷いた。
ひょいっと屈み込んで、落ちていたチョコのかけらを拾った。そして止める間もなく、そのままぱくんと口に放り込んだ。
「え、ちょ、……しろさん?」
「なんだよ」
「いや、なんだよって言うか、いや、うん。……お腹でも減ってたの?」
って言うかおまえ、チョコ貰ってたじゃん。下手したら人生初チョコじゃないの、あれ。そんな慎吾の屈託なんて、一切気にしてない顔で、
「だってバレンタインだろ」
と真白が言った。なんとなく、真白の口からバレンタインって似合わないなぁと思ってしまって、小さく噴き出してしまった。
「うん、まぁ、バレンタインだけど」
「チョコ食う日だろ。おまえの」
さも当然とけろりと言われて、「そうだったね」と自分でもいまひとつ良く分かっていないまま返してしまっていた。あれ、今のどういう意味だろうと考え直すよりも先に、
「でもこれ、かなみには食わせらんねぇな」
と宣言されてしまったのは、妹に与えるのが惜しいからとかそう言うのではなく、落ちたもんなんか最愛の妹に食べさせられるかと言うそれなんだろうなぁと言うことを、判断するまでもなく瞬時に悟ってしまう16歳の慎吾なのだった。
***
(おまけ)
「ちなみにさぁ、ちょっと聞きたいんだけど」
「……なんだよ」
「おまえ、今日、誰かからかチョコもらった?」
「うん。」
「あ、そう」
「……」
「……」
「っつうか、おまえ、あれだけ貰っといて、俺が何個貰ったとか気になんの?」
「いや、そういうあれじゃないんだけど」
「(なんかよく分かんないけど)でも、おまえのが一番美味いけど」
「……」
「うん」
「……そっか。うん、なら、いいか」
「(なんかよく分かんないけども)なら、いいだろ」
【END】
お付き合いくださりありがとうございました!
なぜか高校生Ver,でお送りしました。二人の昔のバレンタイン小話です(*´ェ`*)