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3秒で会いたくなる《1》

びっくりするくらい、いきなり恋に落ちた。
まさに青天の霹靂だと思うくらい急激に恋に落ちた。
自分でも何がどうなのか意味が分からなかったが、この意味の分からなさが恋と言うやつかと感激するくらいには恋に落ちていた。

その相手と言うのが自分と同じ男で硬派なイケメンと評されている人物だったわけだが、そこに何の疑問さえ持てないほど、俺は恋に恋してしまっていたのだ。



「と言うわけで俺と付き合って下さい! 刈谷くん!」

放課後の校舎裏と言う王道な告白スポットに呼び出した意中の相手・刈谷くんに俺は熱烈に愛を告げた。
顔を見るだけで心臓がばくばくと大変よろしくないリズムを刻んでいる。
あ、これヤバい。死ねる。
キラキラ見つめる先で、刈谷くんの男前な顔はと言えば、ものすごい地味に引きつってらっしゃったけれども、俺の鼓動は止まらない。

「もう! 俺、自分でも訳分かんねぇんだけど、なんか三日くらい前から刈谷くんの顔見るだけでドキドキが止まらなくて、あ、これ恋だなって。これがいわゆる恋に落ちたってやつだなって! だから刈谷くん、俺と!」

俺と、付き合って! 下さい! 
鼻息荒く詰め寄った俺をゴミ虫でも見るみたいに睥睨していた(だがそれもいい)刈谷くんだったが、「ん?」と微妙に表情を変えた。

「……三日前?」
「うん、そう! 三日前! 俺も自分でも意味不明なんだけど、急に恋に落ちたって言うか、恋は突然にってまさにこれだって言うか、あれなんだけど! なんかもう刈谷くんの顔見てないと俺、落ち着かなくて、むしろ一日中見てないと駄目みたいな感じがヤバくて、って……なになに、刈谷くん、頭抱えてどうしたの?」
「…………した」
「え、なにが? ごめん、聞こえなかったんだけど」

何故か蒼白になった刈谷くんの顔をそれさえも可愛いなぁと思いながら見守っていた俺だったが、その口から発せられた言葉に、いろんな意味で一瞬意識が飛びかけた。

「――ごめん。刈谷くん。……パードゥン?」
「だから、失敗したって言ったんだよ! っつかなんでおまえ!? なんでおまえにかかってんの!? 俺の一世一代の恋の呪いが!」
「意味が分からないんですけど!」

あの、硬派な刈谷くんが。
雨の日にこっそり子犬を拾ってそうな人一位に輝いていたベストオブ硬派の刈谷くんが。

「ねぇ刈谷くん! 俺、意味分かんない!」

恋の呪いって、なに。
涙目になりながら刈谷くんの襟首をひっつかんでがくがく揺さぶる俺の脳内は、パニックだと言うに、間近にあるのが刈谷くんの顔だと言うだけで、なんだか胸がドキドキし続けている。なんだこれは。
呪いか。

「って冗談じゃねー! って言うか冗談だよね、嘘だよね、刈谷くぅん!?」
「俺だって分かんねぇわ!」
「逆切れしないでよ、刈谷くん! なにそれ逆切れしてもかわいいとか思わないからね、俺! ちくしょうかわいいな、ドキドキすんじゃねぇかこの野郎!」
「俺だっておまえにドキドキなんてされたくねぇんだよ、だからなんでおまえだよ!?」

南高に入学して以来、刈谷くんが笑った回数は数えるほどで、怒った回数も数えるほどで、つまり刈谷くんはクールで硬派でベストオブかっこいいなんだよ、と噂していた女子たちに教えてやりたい。
この人、今、涙目です。しかもなんか意味の分からなさすぎる理由で。

「なのになんでか、かわいくしか見えないし! ドキドキするし! ねぇこれ、なんなの、刈谷くん! これが恋なの!?」
「ちげぇよ、呪いだよ!」
「呪いなの!?」

驚きすぎて刈谷くんの襟首からうっかり手を離してしまった。
その隙に刈谷くんは微妙に俺から距離を取った。そして髪の毛をがりがりやりながら、「あー」とか「うー」とか唸りだした。

呪いって、ナニ。


「……中村」

人気のない校舎裏。絶好の告白スポット。目の前には顔を見るだけで胸がドキドキして止まらない相手。その人が低い声で俺の名を呼んだ。
本来なら胸キュンすぎるシチュエーションなのだろうが、なんか、あれだ。

「中村。それは呪いだ」

ベストオブ硬派の仮面を取ってつけたようにまとった刈谷くんが、意味の分からないことをまるで「1+1は2ですよね」とでも言うように口にした。

「ごめん。刈谷くん。全く意味が分からない、俺」
「俺だって分かりたくないが、呪いだ、中村。落ち着いて考えてもみろ。そんななんの前触れもなく、人が急に誰かの顔見てドキドキし出すわけがないだろう」

無表情で言い切った刈谷くんは、なんだかとてもかっこよく見えた。
だが言っていることは今一つ分かりたくないのだけども。

……だがしかし。

「確かにこの三日、俺、刈谷くんの顔見てないとなんかもうやばくて、学校では刈谷くんずっと見てたし、学校終わったらそれこそ会いたくて会いたくて震えだしそうだったから、隠し撮りした動画をずっと眺め続けてて、あ、これ恋か、って。これが恋かって」
「呪いだ」
「そんなばっさり切らないで、刈谷くん、お願いだから! って言うか、え、じゃあこれなんなの、俺が刈谷くん見てドキドキしてんのって、あ、ちなみに今もしてるんだけど、これ、あれなの。恋じゃないの!?」
「じゃあ恋だと思うなら、おまえ試しに俺のどこが好きか言ってみろ」
「…………」

真剣な瞳で俺を見つめてくる刈谷くんにうっかりキュンとしかけたのを、待て待て待て、と俺は必死に頭を振り絞って打ち止めた。

「か、……」
「か?」
「顔以外でてこねぇ……!」

なんでだ。
と思ったが、そりゃそうだ。だって俺、刈谷くんのこと一切何も知らないもん。ベストオブ硬派とか女子が言ってんの聞いて、「ばっかじゃねぇの、どうせむっつりだよ、むっつり」とか鼻で笑いかけた記憶しかねぇわ。
そもそも俺、ホモじゃねぇし。よくよく考えなくても普通に初恋も女の子だし、元カノも俺的にはベストオブ可愛いまりこちゃんでしたしよ!

「だから呪いだって言ってるだろうが」

ふん、と言わんばかりに言い捨てた刈谷くんに、「なんだそっか」と納得しかけたが、はたと違う疑念が湧いてきた。

「……あの、じゃあこれが呪いだとして、刈谷くん」
「なんだよ」
「なんの呪い? っつうかなんで俺にかかってんの?」
「……」

刈谷くんが微妙に目を逸らした。言いたくないらしい。あ、そんな駄目な顔もかわいい、っていやだからこれ違う違う違う!

「刈谷くぅん?」

半目で迫った俺に、刈谷くんは正しく逆切れの勢いで叫び返した。

「だから俺の一世一代の恋の呪いだっつっただろ! それをおまえが!」
「俺がなによ! って言うか俺がなにしたっての、刈谷くんまさか実は俺のこと好きだったとか言わないでね!」
「だから失敗だったって言っただろ! 誰がおまえにかけるか! おまえがちょろちょろしてっから手元狂ったんだろうが!」
「手元って、狂わさないでよ、そんなおっそろしいの! っていうか誰用だよ、これ!」

ここまで来て言いたくないのか、刈谷くんはものすごい顔で俺から無理矢理視線を外そうとしている。
だがしかし、これは俺、追及してもよろしい立場じゃなかろうか。

「かーりーやーくーん! 言わないなら、俺迫るよ!? 俺、今なら刈谷くんにちゅうくらいできちゃうよ! なんか変な呪いかかってるらしいからね、誰かさんの所為で!」

じり、と一歩迫ってみる。迫った分だけ刈谷くんが退いた。
じりっと進んで二歩下がる。微妙な降着の後、そろそろ壁に激突だと言うところで、刈谷くんは観念したのか、ぼそっと名前を吐き出した。

「三井」
「……え? 三井って、花?」
「……」
「え、刈谷くん。花のこと好きだったの!?」

俺的には大変意外だった名前の登場に、うっかり大声を出してしまった。刈谷くんはと言えば、無愛想な顔のままで顔色だけを真っ赤にさせると言う形態変化を完了させていた。
なにそれ面白い。
……じゃなくて。

「へぇ、花。へぇー」
「なにがおかしいんだよ」

ぶすっと唇を尖らした刈谷くんがまたしても可愛く見えてきてしまって、俺はぶんぶん頭を振る。駄目だこの呪い。
しかし、刈谷くんが。よりにも寄って、花を好きとか。

「いや、おかしくないない、ないない。ないよ、刈谷くん」

確かに、花は性格が良いかどうかは、幼馴染みとしてはなんとも言い難い部分はあるけども、顔だけは良いし。胸もでかいし(一回ちょっとそれ触っていい? って聞いてみたら肘鉄食らわされたけど)、有りだと思う。
でもなんか意外だ。
……そうか。

「じゃあこの変な呪い、とっとと解いちゃってさ、花にかけてよ。それで終わりじゃん! ほら、どうぞ!」

いつでもどうぞ、と目を瞑ってみたけれど、何の反応もない。
あれ、と思って眼を開けてみると、目の前にいた刈谷くんはものすごく居た堪れない表情をしてらした。
ちょっとキュンときたじゃないか、この野郎。いやでも男にキュンとする体験ってのももうこれで終わりだろうし良しとするか。
そうおおらかに構えていた俺に、刈谷くんは言いづらそうに口を開いた。

「……中村」
「ん? なになに、どうぞ。怒ってないよー。大丈夫、花にも言わないから!」
「一世一代の恋の呪いなんだ」

刈谷くんの無表情から恋の呪いとかギャグ以外の何物でもないなと思ったが、俺は仏のごとく微笑んで見せた。
大丈夫、大丈夫だ刈谷くん。花くらいすぐ攻略できるよ。その意味の分からない呪いの力で。

「うん、それで?」
「だから、一回しかできない」
「そっかぁ、でも刈谷くんだったらそんなの使わなくても大丈夫! だからとりあえず俺をどうにかして。今もまだ刈谷くんにきゅんきゅんしてロマンチックが止まらないんですけど」
「……無理なんだ」
「ん? 無理って何が?」

嫌な風が俺と刈谷くんの間を吹きぬけて行った。無理とか意味が分からない。

「だから! 無理なんだって! それあれなんだよ。俺の顔見たらドキドキが止まらなくなる呪いで、俺と両想いになるまで止まらないんだよ」
「……はぁ、なにそれどういうこと!?」
「俺は中村を好きにならないから止まらない!」
「意味が分かんない、刈谷くん!」

なにそれなにそれなにそれ、なにそれ。
詰め寄りかけた俺からさっと距離を取って刈谷くんは「あー」と天を仰いだ。


「大丈夫」

何がだ。

「恋じゃないって分かったから、中村なら大丈夫だ」
「ごめん、刈谷くん。意味が分からない。俺、ものっそいドキドキしてるんだけど。ねぇこれ、俺、早死にしないかな。これだけ心臓がドキドキ無駄打ちしてんの大丈夫かな」
「大丈夫だ、中村」
「いやいや、意味が分からないってば、刈谷くん!」

盛大に焦る俺とは裏腹に、刈谷くんはと言えば、無駄に爽やかだった(無表情だけど)。こいつ切って捨てやがったな。

「ドキドキしたら俺の写真見たらいいよ。いくらでも写真やるから」
「いやなんの解決策にもなってないよね、刈谷くんそれ!?」
「大丈夫だ、中村。おまえならやれる」
「いややれないからって、刈谷くん、ちょ、刈谷くんー!?」

逃げる気だ、この野郎!
言い捨て走り去った刈谷くんの後ろを近年まれにみる全力疾走で追いかけてみた俺だったが、大変残念なことに刈谷くんの後姿は小さくなるばかりだった。
その運動神経にちょっときゅんとしてしまって、俺は打ちのめされた。ものすごく打ちのめされた。

「……この呪い、悪化してねぇか」

そんな効能があるのかどうかは知らないが。

「なんとかしないと」

俺の明るい未来の為に!
拳を奮い立たせて目的地まで俺はまた走り出した。なんだこの青春。
だが悲しいかな、俺の哀れな身体は目的地である花の家にたどり着くまでの間に五回は刈谷くん補給タイムと言う名の休憩を挟まなければいけなくなってしまっていたのだった。

お付き合いくださりありがとうございました!