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3秒で会いたくなる《2》

「男にモテる方法を教えてください!」
「……意味分かんないんだけど。真ちゃん最近変だと思ってたら、やっぱり頭沸いてたの」

部屋に飛び込むなり土下座した俺をたっぷり3分は凝視した後、花が発した声は可愛かったが、内容はまったく可愛くなかった。
なのになんで男どもは、と言うか刈谷くんは、これがいいんだ。

刈谷くん、と脳内に浮かんだだけで猛烈に刈谷くんの顔が見たくなって俺は悶えた。なんだこの呪い。
勢いフローリングに頭を打ち付ける羽目に陥ったが、知ったこっちゃない。

そんな俺を珍獣のように見守っていた件の幼馴染はと言えば、「頭、大丈夫?」と小首をかしげてきた。くそ、あざといつもりか、こいつ。
いやでも、だがしかし。

「頭はちょっとおかしいけど、俺の所為じゃないんだ」
「ちょっと真ちゃん。駄目だよ、頭おかしい理由を誰かになすりつけたら。真ちゃんがどっか足りないのは生まれつきじゃない」
「おまえに言われたくない。断じて言われたくない。いや違う。花、違う。そうじゃない。そうじゃなくて! 男にモテる方法を! 俺、マスターしたいんだけど!」

そのあざとさを、俺にくれ。
……とはさすがに口にはしなかったが。

「って言うか、真ちゃん」
「……なんだよ。人が珍しく真剣に頼んでんのに。ってあー、くっそ可愛いな、刈谷くん!」
「人に頼みごとしてるくせに、ちらちら携帯見るの止めてくんないかな。って言うか気になってしょうがないんだけど、なにそれ。なに。なんで真ちゃんの待ち受け、刈谷くんなの」
「不可抗力だよ!」

叫んだ俺に、花が「なんの?」ともう一度あざとく顔を傾げて長い睫を瞬かせた。

「のっ、」
「の?」

呪いだよ、と喚きたくなったが、だがしかし俺はごくんとそれを呑みこんだ。
なになに、と言う顔で花はじぃっと俺を覗き込んでいる。

まさか、南高でベストオブ硬派の称号を欲しい侭にしている刈谷くんの一世一代の恋の呪いだなんて言えるわけがない。
おまえに好かれたいがためにかけた恋の呪いが、うっかり俺にかかっちゃったんだよ、てへぺろ、だなんて言えるわけがない。

俺の頭がおかしいと思われるのもあれだが、なんというか、これ、花にばれたら駄目なやつだ。刈谷くんが気の毒すぎる。

「恋しちゃったんだ」
「……刈谷くんに? 真ちゃんが?」

嘘は言ってない、はずだ。呪いだが。恋の呪いだが。
信じられないと口元に手を当てて見せた花だったが、何か思い当たることがあったのか、あぁと声を出した。

「そういや昨日、真ちゃんのお母さんがものっそい心配そうな顔してたけど、これだったのかぁ」
「え? 心配って、母さん、なに? なに言ってたの?」
「んー、なんか真太の部屋の壁一面に男の子の写真が貼ってあるんだけど、あの子男の子が好きなのかしらって」
「んなわけあるか! っつか、おまえなんて言ったの、母さんに!」
「え? どうせすぐに振られるから大丈夫じゃないですかって」
「道理で今日の弁当、俺の好きなもんばっかりだと思ったよ!」

あれはこれか。うちの息子、今日振られるのかしら、みたいなそんな親心か。
いらん。ものすごくいらん。
と言うかホモじゃねぇ。俺は。断じてホモじゃない。叫びたかったが、俺の視線はまたうっかり手元の携帯に吸い込まれていく。

明らかに隠し撮りな刈谷くん。色素の薄い茶色い髪がふわっと風になびいて、涼しい刈谷くんの目元がきれいに映っている。やべ、マジ天才、俺これ。
にへ、と口元をゆるませた俺を観察していた花が、「本気なんだ」と呟いた。
頷きたくはないが、頷かざるを得ないこの俺の心境を誰が察してほしい。
なんだこれ。

「刈谷くん、刈谷くんねぇ」
「……花的に刈谷くんはどうよ、タイプ?」

興味八割で問いかけた俺に、花はと言えば、あっけらかんと手を振った。

「あーダメダメ。あたし、刈谷くんに嫌われてるもん。なんかよく睨まれるし。って、あれ、真ちゃんどうしたの。そんな微妙な顔して」
「や、なんでも。なんでもないない」

へらっと口元だけで笑ってみせながら、俺はものすごくあの硬派の仮面に隠されたメルヘン男が可哀そうになってきた。
違う、違う、花。たぶんそれ、刈谷くんおまえのこと見つめてたの。刈谷くん、おまえに恋してんの。

……言えないけど。

そんな俺の複雑な心境なんてお構いなしに、「あ、そう言えばねぇ」と花が笑った。

「刈谷くんと言えば、この間ものっそい真顔で面白い動きしてたんだよねー」
「……ちなみに、どんな?」
「なんかねー、カニ歩きで右行って左進んでを3回ずつくらい繰り返して、そんで最後にあたしらの方向かって、こうばっきゅんって」

指でピストル型を作ってウインクしてみせた花に、俺は腰から砕けそうになった。
それ、あれだよ。刈谷くんの一世一代の恋の呪いだよ。
つか、なにしてんだ、刈谷くん。よくできたな、そんな変な動き。

「ごめんごめん、話逸らしちゃって。で、真ちゃん。男にモテたいの?」

モテたいかモテたくないかで言われれば、別にそんなテクニックは俺がこれから平穏無事で生きてく上でいらない気は心底するのだけども。
だがそもそも、平穏無事に生きていくためには、刈谷くんに俺を好きになって貰わねばならんのだ。

「むしろ刈谷くんにモテたい」

真顔で宣言した俺に、幼馴染みは、慈愛に満ちた笑みを浮かべて俺の肩をぽんと叩いた。
間違いなくこいつ面白がってる。
ぐっと親指を立てて俺にイイ笑顔を見せてきた花の呑気さに、ほんのちょっぴり刈谷くんに泣きつきたくなった。
ねぇ刈谷くん。こいつのなにが良かったの。

花に好かれたいがために、カニ歩きを披露していたであろう哀愁漂う仮谷くんの姿が、脳内で勝手に映像化されていく。
不憫だ。
だがかわいい。連想してしまったその単語に、俺は震えた。

カニ歩きのくせにこの呪い、マジ強力なんですけど。

お付き合いくださりありがとうございました!