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3秒で会いたくなる《3》

刈谷くんに恋に落ちてから2週間。
正しくは刈谷くんに恋の呪いをかけられてドキドキが止まらなくなってから2週間だけれども。
とにもかくにも、俺は刈谷くんを24時間追いかけ続けている。
……不本意だけども。あくまでも不可抗力で、だけれども。

しかしあれだ。不可抗力だろうが不本意だろうが、観察し続けていると、いろんな事実が見えてくるわけで。


「もしかしなくても、刈谷くんってば人見知り」

辿り着いた結論に、俺はぽんと古風に手を打ちたくなった。
じぃっと熱い視線を俺が送る先に、鉄仮面で立ち尽くしている刈谷くんがいる。

刈谷くんの手にはノートの束。何を隠そう、彼は今日の日直だ。ベストオブ硬派だろうが、王子だろうが日直は順番に回ってくるのだ。
そして刈谷くんの前方1メートルには、花のグループ。机を囲んで楽しい楽しいお弁当タイムである。
ちょろ、と刈谷くんの手が上がる。だが花たちは話に夢中で誰も背後の刈谷くんに気づかない。刈谷くんの引き結ばれた口がぱくと開きかけたのと同時に花が笑った。

さすが花だ。小悪魔め。

「……」

刈谷くんはと言えば、所在無さ気に固まっている。誰も気づいていないがものの見事に固まっている。
そして大変困っている。

……なんの得にもならない気がしてしょうがないのだけども、刈谷くん観察が日々の糧となってしまった俺は一つ特技を身に着けた。
ベストオブ鉄仮面の刈谷くんの微妙な表情の変化が分かる様になってしまったのだ。
疑いようもなく何の役にも立たない。だが面白い。ものすごく面白い。
さてどうする刈谷くん。

にまにま見守っていた俺の視線の先で、起きた展開に俺は椅子から転がり落ちそうになった。

「って、諦めんの、刈谷くん!?」

うっかり名前を叫んだ俺に、しょんぼり肩を落として回れ右した刈谷くんの肩がびくっと跳ね上がって、目が合った。

「……」
「……」
「…………」

ものっそい所在なさ気な瞳で刈谷くんが俺を見ている。ものすごく俺を見ている。
やばい、可愛い。
危うくキュン死にするところだった起死から立ち直って、俺はへらりと笑って刈谷くんに近づいてみる。
刈谷くんの眉間に皺が一本寄ったが、断言できる。照れてるだけだ。

「ちょっと花―。刈谷くんがノート寄越せって」
「え? あ、ごめん。刈谷くん声かけてくれてたの。全然気づかなかった!」

うん。花、笑顔で刈谷くんに止め刺したね。

「おまえ声でかいんだから気づいてやれよ、なぁ刈谷くん」
「…………いや」
「ごめんごめん。現国のノートだよね、今出すからちょっと待っててー、あ、あった。はい、刈谷くん」

お願い、とあざと可愛く小首を傾げた花に、刈谷くんはとんでもなく無表情のまま二回首を振った。
なんのジェスチャー、それ。
そしてそのままくるりと90度直角に回れ右をしてすたすたと廊下に向かっていく。その背中はどこまでもしゃきんとまっすぐ伸びている。

「ホント、刈谷くんってクールだよね。超硬派」

ほぅと恋の溜息を吐かんばかりのまなみちゃんが、出て行った刈谷くんの後姿を見つめている。
違う違う、絶対あれしょんぼりしてるだけだから。テンパってるだけだから。


……言わないけど。

「俺、刈谷くん手伝ってこよーっと」

顔見てないと死にそうだし、と言う本音は呑みこんで宣言した俺に、花がぐっと親指を立てて寄越した。
半ばやけくそで親指を突き立て返して、俺は刈谷くんを求めて廊下に飛び出した。

刈谷くんがいないと俺は冗談抜きでやばい。なにがやばいって、なんかやばい。アル中ならぬカリ中だ。刈谷くん中毒。あるいは刈谷くん禁断症状。

なのでその元凶を探さねばならぬのだ。
さてその刈谷くんだけれども。

職員室より先にあそこにいるんじゃないかなぁ、すっかり刈谷くんの行動パターンを知り尽くしてしまった俺の脳みそは的確にシュミレーションしていく。

「もうホント、刈谷くんて」

手間がかかって可愛いんだからと口走りそうになった衝撃に、俺は廊下の壁に思わず頭を打ちつけた。
痛い。だがこの思考回路の方が問題だ。
早くこの呪いを解かなければ、なんかあれだ。うっかり道を踏み外したらどう責任とってくれるって言うんだ。
刈谷くんは間違いなく責任とってくれない気がする。


「――もう俺は駄目だ。駄目だ、駄目すぎる。駄目だ」
「なに呪文唱えてんの、刈谷くん。また変な呪い俺にかけないでよー?」
「な、な、な、中村!?」
「……そんな驚かなくても」

屋上に向かう階段の隅っこで頭を抱えていた刈谷くんの背後からにゅっと声をかけてみたら、腰を抜かされそうになった。
そんな驚かなくてもいいでしょうよ。
口をパクパクさせている刈谷くんに、花直伝のあざとい上目づかいを披露してみせたが、それどころじゃないらしかった。

「お、おま、なに」
「なにって、まぁた刈谷くん一人反省会してるんじゃないかなぁって思って」

三日前に見つけた刈谷くんの一人反省会の内容は、今日も誰にも「おはよう」って言えなかった、だった。なにそれ可愛いつもりかこの野郎。
可愛いけど。

「刈谷くんて、人見知りの緊張しぃだよねぇ」
「……俺はあれなんだよ」
「どれ?」
「昔からあまり顔に感情が乗らないタイプなんだ。ついでに言うとおまえみたいにさくっと会話が出来ないタイプなんだ」
「ちゃんと普通に会話してるよ、刈谷くん。大丈夫大丈夫」
「……頭の回転が悪いんだ」
「そんな卑下しなくても」

思わずフォローしてしまった俺に、どんよりと刈谷くんは肩を落とした。
いわく、昔から無表情な上にマイペースで、輪の中に居ても「何を話そうかなぁ」と思っている間に話題が次から次へと飛び火して一言も喋れなかったらしい。
そうしているうちにいつの間にかクールだ硬派だって言われだして、そうしたらなんか何を喋っていいか分からなくなったらしい。

……不憫だ。

「だから、三井とか、おまえとか見てると羨ましい。物怖じなく誰とでも喋れるから」

しょんぼり漏らした刈谷くんは可愛かった。
まさに可愛かった。ベストオブ可愛いだよ、これ。と悶えそうになって、俺は激しくヘッドバンキングを披露してしまった。
いや違う、可愛くないよ、男だよ! 呪いだよ!

俺の唐突な動きに刈谷くんがびくっと肩を震わせていたが、誰のせいだと言ってやりたい。

「刈谷くん」

でもなぁ、ほっとけないんだよなぁ。
呼びかけてみた俺に、刈谷くんはきょとんとした表情を垣間見せた。ほぼ無表情だけど。俺が分かるようになっちゃっただけだけど。

「喋れるようになりたいんだったらさ、俺とお友達から始めてみる?」

って言っても、刈谷くん俺相手には割と普通に話してる気もするんだけども。
あれか。最初にテンパり過ぎたからか。
花に、可愛く見せるには表情が命だからね! 可愛く斜め30度! と熱烈指導されたあざとい顔傾げを披露してみせた俺に、刈谷くんは表情筋を一時停止させた後、ほわんと目元を緩ませた。

マジ天使だった。

お付き合いくださりありがとうございました!