http://yzkak.namidaame.com/ [Honey**]


3秒で会いたくなる《4》

「あっら、やっだ男前! ちょっと、真太、あんた、こんなかっこいい友達いるんならもっと早く連れてきたらいいのに。で、何くんだったかしら」
「……刈谷です」
「こんにちは、刈谷くん。うちの馬鹿息子、馬鹿だけどよろしくね! ところで刈谷くん、真太の友達で良かったんだったっけ、彼氏で良かったんだったけ」
「…………刈谷です」

どこのヒロシだ。って言うか会話になってないよ、刈谷くん。

「やだ、刈谷じゃないわよ、ねぇ真太、あんたのことだからどうせ突進したんでしょ、どうなのよ、振られたの、振られてないの?」

漫画に出てくる肝っ玉母ちゃんのような我が母に、二の腕をぱしんと叩かれた刈谷くんの身体が無言でぶれた。
……うん、そうだよね。玄関入って即行、母さんはきつかったね。
ちょっと見てて面白かったのは否定しないけど、さすがに可哀そうになってきたので回収することにする。

と言うか、母さん。振られないんならあんな張り切ってお弁当作らなきゃよかったわぁって。
ほら見ろ、刈谷くん。刈谷くんがちゃんと否定しないから、なんかそんな面白いことになっちゃってんじゃん。

「ほら、母さん。見て、刈谷くん超困ってるから。見てってば、この困惑面」
「あらそう? クールでしゅっとしてるじゃない。あんたもこの刈谷くんの落ち着き見習いなさいよ」
「……」

だがしかし、その鉄仮面の下で、刈谷くんがものっそいテンパってるだろうことは、疑いようもなく事実だ。
許容量オーバーになったのか眉間に皺が寄りだした刈谷くんの背を押して、階段を上る。
背後で、「花ちゃんに報告しなきゃ」といそいそと携帯を取り出していた母さんについては、見ないふりを決め込むことにした。
あの神様、俺、なにかしましたかと天を仰ぎかけた俺だったが、今の俺の神様(残念なことにあながち間違いではない)は刈谷くんだったと気を取り直す。

この隣に刈谷くんが居ると言うだけで高鳴る俺の鼓動が、もはや呪いだ。いや、呪いだけど。
そして刈谷くんとおうちデートなんだけど、俺。と浮かれかけてる心はもはや呪いを通り越して悪の領域だ。危険領域。刈谷領域。
そんなことを思いながら、階段を上っていた俺だったが、急に目の前に背中が立ちふさがって、「ん?」と首をかしげた。

「なに。刈谷くん。どうしたの? そんな青い顔で立ち尽くして、って、あ!」

俺の部屋の入り口でぬぼっと棒立ち状態の刈谷くんの視線を追って、俺はムンクの叫び状態に陥った。

「ああああ、あぁ!? あれか、これ!」

写真だ。
俺の部屋の壁一面に飾られてるあれだ。

「でもあれだよ!? そりゃ自分の写真飾ってある部屋に入ったらなんじゃこりゃあ!かもしんないけど、元をたどれば刈谷くんのせいだからね!? 刈谷くんのせいで俺、終日ドキドキしてるんだからね!?」
「……分かってる」
「ホント!? ホントに分かってる!? 分かってないよね、ドン引いてるよね、刈谷くん!」

なにそれひどい、とのたうった俺に、一階から「煩い、真太!」と母さんの一撃が飛んできた。

「……」

ちら、と仰ぎ見た刈谷くんはと言えば、またしても微妙に視線を泳がしていらっしゃった。
ホント、正直だよね、そこらへん。

**

「って言うか、刈谷くん。どこからその面白い呪い仕入れたの」

本物が目の前にいるんだから必要ないよね、と壁から写真を一枚一枚引きはがし、だが粗末に扱えないとばかりに大事大事にキャビネットにしまい込んだ俺の一挙一動を、入り口で立ち尽くしたまま凝視していた刈谷くんを、おいでおいでとラグに座らせてみる。
ギクシャクと近寄ってくる感がまさに小動物でなにこれ可愛いと悶えかけて、いやだから違うからと何度目か分からない訂正を試みてみる。

……やだな、これ。癖になったらどうしよう。面白すぎて俺の人生辛い。
主に刈谷くんの所為で。

「ねぇって、刈谷くん。だからあの呪いだって。一世一代の恋の呪い」

俺の尤もすぎるかつ今更な疑問に、刈谷くんは押し黙った。
無表情だが、迷っているのは見え見えだ。

「ほらぁ、あれだって。花にかけるつもりがうっかり俺に掛けちゃった恋ののろ」
「っ、俺の!」
「うわ、なに急に。びっくりしたぁ! ってか、刈谷くんなんか大丈夫?」

耳元で突如出された大声に、俺もつられて叫び返した。
……先で、俺は何とも面白いものを見てしまった。無表情なのにちょっと心配になるくらい顔色が赤い刈谷くん。

「ごめん。もしかして……恥ずかしかった?」

刈谷くん、撃沈。

「ごめん、ごめんって! 刈谷くん、もう言わないから、そっとしとくから!」

どうせ解けないしなこの野郎とひっそりこっそり思ったのは置いておいて、俺は宥めるがごとく、盛大に刈谷くんの背中をさすってみた。

「……中村は」
「ん? 俺がなに? どうかした?」
「三井に言ってないんだな」

それはあれか。俺が刈谷くんに面白すぎる恋の呪いをかけられたことか。もともとの狙いは花だったことか。と言うかそもそも刈谷くんが花を好きだというそれか。

「いやいやいや。言えないっしょ、それは」

だって可哀そうだし。刈谷くんの沽券にも関わりそうだし。
刈谷くんは眉間に皺を刻んだまま、ぽつんと呟いた。

「おまえがホモになっても?」
「って、俺はホモじゃないけどね!? あーまぁでも、花にそう思われたとしても、俺としては別にそんな実害ないし」

あ、でもどうだろ。これでもし呪いが解けて、刈谷くんが花に告白したりしたら、花の脳内ではものすごい面白い三角が構築されるんじゃなかろうか。
実害はあるかもしれない。俺じゃなくて、刈谷くんに。

「案外、良い奴だな、おまえ」
「って刈谷くん。俺のことなんだと思ってたの。こんないい奴いないでしょ。刈谷くんに恋の呪い掛けられてもこの態度!」
「ただのチャラチャラしたアホだと思ってた」
「……刈谷くんは本当、結構いい性格してるよね」

可愛いだけじゃないのよ、俺はってか、くそあざといなこの野郎。
刈谷くんのあざとさに打ち震えてる俺に、爆撃犯はと言えば、小さく笑った。

「おまえで良かった、かも」
「あ……、あぁ!?」

しんみりした空気を打ち破る俺の大声に、刈谷くんがまたしてもびくっと肩を震わせた。が、それどころじゃない。

「か、刈谷くん!」
「中村……?」

俺、とんでもないことに気づいちゃったかもしんない。

「刈谷くん、あの…………や、ごめん。なんでもない」
「な、なんだよ?」
「や、ホント、違くて。なんでもないない。あ、うん。これ言おうかなって迷ってただけで。泊まってく? 刈谷くん」

ものすごい方向転換だったが、刈谷くんは「お泊り」と言う単語に激しく反応した。

「……お泊り」
「いや無理だったら別にいいんだけど! ちょっと隣にずっと刈谷くんいたら安眠できるかなっとか思っただけで!」
「え、お、おう。……あの」
「なに? 刈谷くん」

へらっといろんなものを呑みこんで笑ってみた俺に、刈谷くんは疑念だらけの瞳を向けてきた。

「襲わないだろうな、おまえ」
「って、ひでぇな刈谷くん! って言うかこの呪い、そんなにアグレッシブなの!?」
「……だって、中村がアグレッシブそうだから」
「俺がアグレッシブってなに!? って言うかさ、冷静に考えて、刈谷くん隣に花が寝てたからっていきなり襲ったりしないでしょ……って、想像だけで真っ赤にならないでよ、もう可愛いな!」

そして俺と刈谷くんの身長差を考えてみてもほしい。切ないけど。むしろ5センチくらい分けて欲しいけど。

「悪い」

眼を泳がせながら謝罪した刈谷くんに、どきんとしたのも束の間、更なる衝撃がやってきた。

「俺、お泊りって初めてだ」

あぁもう刈谷くんってホントあほ可愛いんだからと胸中で思う存分悶えてから、俺はこそっと横目で無表情ながら嬉しそうな刈谷くんを盗み見る。

…………刈谷くん。
刈谷くん、ならないと思うけどさ。ならないと思うけどさ、絶対、俺のこと好きにならない方が良いと思うよ。
自分が好きになった瞬間、相手は好きの魔法から覚めちゃうって、なにその呪い。

むしろ刈谷くんにとって、正しく呪いなんじゃないか、これ。しかもかなり極悪の部類の。

お付き合いくださりありがとうございました!