「やっほー、真ちゃん。遊びに来たよー」
「げ、花!」
まるで自分の家かのごとく、刈谷くんを囲んで絶賛晩御飯中だった中村家に、乱入してきた花に、俺の頬筋が大変素直に引きつった。
「げってなによー、真ちゃん相変わらず素直じゃないなぁ」
「素直だっつうの! 俺が素直じゃなきゃ誰が素直だって言うくらい素直だっつうの! というか、花! おまえはいちいち頬とかふくらますな!」
俺は何も感じないし、それよりなにより刈谷くんの心臓に悪いから。そしてさも毎日お邪魔してますみたいな風情で顔を出さないで、お願い、頼むから。
驚愕の花登場に、さっきから俺の横で微動だにしない刈谷くんの手が見えて心臓に悪い。
ちょっと違うんだって。さっきまでは無表情ながらも、ちょっとうきうきしながら晩御飯食べてたんだって、刈谷くん。
固まっている刈谷くんが手にしているお箸から、ぼとりとエビフライが落下したのを視認した瞬間、俺はなぜか「ほら! 刈谷くん!」と主張していた。
なにが、ほら、だ。なにが。
「ほら、刈谷くん! ほら!」
「ん? んー、刈谷くんがいるのは知ってるよ? こんばんはー、刈谷くん。どうもうちの駄目な真ちゃんがお世話になってます」
いや、おまえに言ったわけじゃない、たぶん。
「……」
ほら、刈谷くん、完璧固まってるし。固まりながらも反射で首かくかくさせてるし。
「っていうか、なんの用なわけ。花は」
俺の至福タイムを潰すなよと思いながら問いかけると、花はそれはそれは楽しそうに唇を吊り上げた。鬼だ。
「だってー、真ちゃんのおばちゃんから『彼氏現る』ってLINE入ったんだもーん。これは見に行かなきゃダメでしょ。むしろ来なきゃダメでしょ」
「来なくていいよ! っつか、彼氏って、なに、彼氏って!」
「えー、照れなくていいのに。って、あっそっか。ごめんごめん。片思い中なんだったっけ。ごめんね、刈谷くん。真ちゃん悪い子じゃないから、どうぞよろしく」
にこっと駄目押した花に、俺はいろんな意味で青ざめた。
なんだ、この刈谷くんに襲い掛かる死亡フラグ。
「……良い奴なのは、知ってる」
「! 刈谷くん……!」
大変長い沈黙の後、ぼそりと響いた低音ボイスに、ありえないくらいキュンときた。
やばい、なにこれ。
本能のままに乙女化しそうになってしまった自身に、落ち着け、落ち着けと念じながら、視線を転じさせた先では、
「…………刈谷、くん」
いっそ拍手したいくらいの鉄仮面を維持しながらも、今にも泣き出しそうなと言うかあわあわした瞳の刈谷くんが、いらしゃった。
その動揺を現すかのごとく、刈谷くんの箸が皿の上で滑りまくっている。
……健気だ。
一挙にしゅんとなった俺の心境はこの際置いておくとして、とりあえずはこいつだ。
「で? じゃあ目的は済んだだろ? 暗くなる前に帰ったらー?」
徒歩1分だけど。
しらっと言い放った俺に、またしても花が盛大に頬を膨らした。だからやめてあげて、それ。
「あれ、食べていったらいいじゃない、ねぇ刈谷くん。刈谷くんも花ちゃんとクラスメイトなのよね?」
「だからっ、なんでいい年して仲良くごはん食べなきゃなんないのっての!」
「わぁ、ぜひご一緒したいんだけどぉ。これ以上、真ちゃんの恋を邪魔しちゃったら、真ちゃんにマジおこされそうだから、止めときまっす」
「花!」
刈谷くんが撃沈するから、本気で止めたげて、ちょっとマジで。
半泣きの俺の反応を、間違いなく間違った方向に捉えた花が、ばちこんとウインクしてきた。
がんばれじゃないんだって。がんばれじゃ。
はははと最早乾いた笑いしか浮かべられなくなりかけた俺だったが、小悪魔が去ってくれるらしいことにだけは、感謝できる。
そこだけは感謝しよう。してもいい。
そして、初めてのお泊りに、ひっそりとだがしっかり嬉しそうだったはずの刈谷くんはと言えば、……しょんぼりしょげ返っていた。
**
「ねー、刈谷くんー。いい加減、ちょっとはご機嫌なおしなよー? ほら、アイスあるよ。アイス。お泊りの夜のおやつだよ、おやつ」
「…………」
「もー、ほら。美味しいよ?」
花のことは忘れて、と言おうと思ったが、やめた。間違いなく逆効果だ。
刈谷くんはと言えば、俺のベッドに背中を預けて体育座りでいじけている。
あ、やばい。可愛い。
刈谷くんの一挙一動に俺の乙女すぎる、もとい呪われた心臓がきゅんきゅんするのは、ここまで来たら日常の一部じゃなかろうか。
だがしかし可愛いのも事実である。
「ほれ、刈谷くん。あーんする?」
「……しない」
完璧に不貞腐れていたが、だがしかし、可愛いのである。
しょうがないから、すくったバニラアイスは俺が消化することにする。ちらりと刈谷くんが口元を窺った気がしたので、あーんは諦めて、バニラアイスを献上してみた。
受け取った刈谷くんは、バニラカップを可愛らしく両手で持ったまま、口をへの字に曲げたままである。
「まぁ、あれだって。刈谷くん」
ドンマイと言い掛けて、あ、やっぱこれ駄目だと俺は再度言葉を呑んだ。
あれだ。慰めるのって、難しい。
「いいんだ、別に」
ぼそりと呟いた刈谷くんに、俺はへらりと笑ってあげることしか出来なかった。これって、あれだよなぁ。刈谷くん的には、ものっそい失恋フラグ立ちまくりだもんなぁ。
嵐の種だけを置いて去って行った幼馴染みの小悪魔スマイルを思い浮かべて、俺は唸った。
「っていうか、刈谷くんって、花の何が良かったの」
「……直球だな」
「あ、ごめん。えぐった? 俺、えぐった?」
うっかり出てしまった本音に、慌てて弁明しかけた俺だったが、刈谷くんがちょっとだけ目元を笑ませたのが分かって、うっかり感動した。
「でも、中村は、良い奴だなってのは、本当だな、そこは」
「いや、うん、……嬉しいんだけど、刈谷くん、あんまりデレを大量放出されると、俺、死ぬかもしれない……!」
主に心臓発作とかで。冗談抜きでばくばく鳴り響く胸を押さえて、ベッドに突っ伏した俺に、「死なないだろ」と刈谷くんのとても冷静な突込みが降ってきた。
だがしかし、誰のせいだと突っ込み返してやりたい程度には、刈谷くんの所為なわけだが、そこはもうご愛嬌だ。
「可愛いから」
「え? え、なにが。花?」
「うん。三井、いつも表情が素直に出てて、可愛い」
俺、無表情だし、羨ましい。
続いた刈谷くんの台詞に、思わず「なら俺で良いじゃん!」と自分を盛大にアピールしかけてしまった自分に、もんどりうちたくなった。
俺、表情豊かだよ。男だけど!
「……中村?」
「や、なんでもない、なんでもない。ごめん、大丈夫」
そりゃ急にさっきまで胸押さえて倒れ込んでた人間が、跳ね起きたと思ったらまたもんどり打ってベッドに倒れ込んだら、心配もしますよねって言う。
倒れ込んだまま、声だけで現状をフォローした俺に、それ以上の心配をかけるのは止めたのか、刈谷くんは花の好きなところをぶつぶつ呟きだした。乙女か。
「誰にでも愛想いいところも、俺、安心するし」
「あぁ、刈谷くん、人見知りだもんねぇ」
「うん。それに、胸おっきいし」
「そこですか!」
刈谷くんが胸大きいとか言ったよ、この人。そりゃ言ってもおかしくはないんだろうけど。
「ベストオブ硬派の刈谷くんがそんなこと言っちゃっていいんですかぁ?」
「ベストオブ硬派ってなんだよ、俺、そんなんじゃないし」
知ってるだろ、と言わんばかりの拗ねた声に、俺は今度こそ萌え死ぬかと思った。
やめて、その俺への芽生え始めた信頼感。
嬉しすぎて怖い。
「そっかそっか、刈谷くんは巨乳派なんだね」
「ないよりはある方がいいだろ、たぶん」
そっかそっかとにやにやしていた俺は、刈谷くんの言葉尻に「ん?」と一瞬思考停止した。
もしかして。
「ねぇ、刈谷くん」
「……なんだよ」
「つかぬことをお伺いしますが、刈谷くんって、もしかして、童貞?」
花直伝の小首傾げで尋ねてみた俺の眼の前で、刈谷くんの顔色が真っ赤に変わった。
「えっと、……なんかごめん、刈谷くん。でもほら、あれ、良いと思うよ! 俺。こう、純粋な感じで!」
俺、初めての時ってどうだったけかなーと思い返してみたが、緊張しながらも二人楽しく合体した素敵な思い出が浮かんで終わった。
そして刈谷くんである。
「え、と。刈谷くん?」
この子、不器用そうだけど、ちゃんと出来るのかな。というかやり方知ってるのかなと、かなり失礼なことを想像していた俺に、刈谷くんは無表情ながらも大変照れた顔色で、俺に「中村は、したことあるのか?」と囁いてきた。
今度こそ、萌え死んだかもしれないと思った。
お付き合いくださりありがとうございました!