言った瞬間、刈谷くんの顔がさらにぼんっと赤くなって、それから泣きそうになったのに気が付いて、俺は焦って「いいんだよ!」と良く分からないフォローを入れてしまっていた。
だって泣かれたくないし泣かせたくないし、そもそも泣く必要ないじゃん、コレ。俺の思った通りなら。
「刈谷く……」
「天罰だ」
何を神妙なことを言いだすのかと思ったら、さすが刈谷くん。俺の想像の斜め上である。
「天罰って、刈谷くんなんか悪いことしたの?」
全くもってしなさそうだけど。むしろ刈谷くん善良だろ。根本的に。だがその本人が懺悔するかのごとく、重々しく頷いた。
「した」
「なにしたの!? ちょっとそこは気になるけど、でも例えうっかり何かしたんだとしてもさ、天罰はおかしいでしょ」
「なんでだ?」
「俺も良くは分かんないけど、いきなり神様に決定権飛ばさないで、まずその何かしちゃった人に怒られてからの話じゃないのと、俺は思うわけだけど」
話がどんどん遥か彼方に逸れて行っている気がしなくもないが、これで刈谷くんの胸のつかえが取れるのならば結果オーライである。
咀嚼するみたいに、眼を瞬かせている刈谷くんに笑いかけてみた。
「それはそうとして、刈谷くん一体何やらかしたの?」
「……」
「まぁ、言いたくないなら別にいいけど。あと、話変わるけど、俺、刈谷くんのことはばっちり心の底から好きだからね。だからそこは気にしないで、」
「……話、変わってない」
変わってないってか。
なにがだ。と言うか、俺の告白がこの部屋に通されてから、ずっと全スルーされてる気がするんだけど、これ気のせいだよね、そうだよね。
そんな俺自身への鼓舞はさて置いたとしても、当の刈谷くんがあまりにもどんより口にするもんだから、ついうっかり可愛い後頭部をよしよし撫でまわしたくなってしまったが、妄想だけで今は止めておくことにする。
「えーと、つまり、どういうことだった?」
「さっき言った」
「もしかしなくても、俺に恋の呪いかけちゃったことのこと?」
やらかしちゃったと言う事案は、それですか、刈谷くん。
へらりと小首を傾げた俺に、刈谷くんはとんでもない真顔で首をかくかくと2回振った。
「中村は、そうじゃないのに。そうなりたかったわけじゃなくて、そうなわけじゃないのに。俺、そうなんだ。今のままがいいって思って、逃げてた」
「……刈谷、くん」
ちょっといろいろ分かりにくいけども、刈谷くんの本音だ。どこまでもまっすぐな、言葉。
刈谷くんが、俺に好かれたいって言ってくれてるんだけど、これ!
溢れ出る感動そのままに、キラキラした瞳で見つめてしまった。俺、好き。大丈夫、刈谷くん。たぶんなにがあっても俺、刈谷くん、好き!
「だから、中村が、怒っていいんだと思う」
どんどん語尾が揺れていく刈谷くんに、史上最大級にキュンときた。そんな不安そうな顔しなくていいのに。
「ねぇ、刈谷くん。俺、何回も言ってると思うんだけど、好きだよ。刈谷くんのこと」
「でも、それは……」
「まぁ、きっかけは刈谷くんの呪いだったかもだけどさ、でも今はそうじゃないよ。ちゃんと刈谷くんの中身も好きだよ」
まぁ顔見たら相変わらずドキドキしますけどね。でもよくよく思い返してみると、最初の頃みたいな恐ろしい欲沿ってないよなぁ、これ。
その代り刈谷くんの行動とか発言とかにキュン死にしかけてたから、なんか回数増えてるような気がしてたけど。
でもそれって、別次元だ。
「だから、大丈夫なんだってば、そんな不安そうな顔も泣きそうな顔もしなくても」
「してない」
なぜそこだけズバッと否定するのかと思ったが、あれかな。刈谷くんにも男の意地だぜドヤ的なものが備わっているのかもしれない。
「じゃあ、信じてくれてる? 俺が刈谷くんのこと、ちゃんと好きだって」
たぶん、だ。俺の心を手にとってはいどうぞと見せられるものならば、簡単に信じて貰えそうだと思うくらいには、俺の中は刈谷くんで一杯なのだけれども。
真摯に見つめる先で、刈谷くんは困ったようなけれどちょっと期待したいような、でもやっぱり無理だごめんなさいみたいないろんな感情が混ざった顔のままだった。
あぁもうなんで俺、こんなに読み取れちゃってんの、コレ。って言うか刈谷くん。俺を逃したら、こんなに刈谷くんのこと分かってくれる人出会えないと思うよ?
ほら、花だって、刈谷くんのこと一切よく知らないからね。クールで人と関わるの嫌いな人だって誤認してるからね。
そうじゃないのに。
「って言うかそもそもがさ、もう刈谷くん、俺のこと好きでしょ、正直。なのにまだ俺が好き好き言ってる時点で、刈谷くんのことガチで好きってことじゃないの」
その瞬間の、目から鱗と言わんばかりの刈谷くんのきょとん顔は、なかなかの見ものだった。可愛い的な意味で。
「おまえ、俺のこと好きなのか」
「だからずっとそう言ってるじゃん、俺!」
あんまりと言えばあんまりの変貌ぶりである。なにそれ、別に刈谷くんが良いならそれでいいけど。良いけど、でも、なんで俺の誠心誠意の言葉より呪いの効能を信じるかな、この子は!
でも、まぁ「そうか……」と伏し目がちに笑みを噛み殺していた刈谷くんが、正直死にそうなくらい可愛かったからもういいや、本気で。
「って言うか、刈谷くんこそ、俺のことどう思ってんの? 花のこと好きだったくせに」
「――違った、から」
「違ったって何が?」
「三井はいいなって思ってたけど、中村に思うみたいな好きじゃなかったのかもしれなくて、いや、好きだったのかもだけど、中村はもっとそうで」
なんだそれ、と思わなかったかと言われれば、微妙な範囲であるけれども。
テンパりながらも必死で説明してくれる刈谷くんが可愛いから万々歳だ。
そうか、つまり、花に死亡フラグ立てられたのが「好きなアイドルに恋人ができちゃったじゃねぇかこんちくしょぉぉおう!」的なショックで、呪いが解けて俺が刈谷くんのこと嫌いになっちゃったとしたらどうしよう的なショックが、「この世の終わり」的なレベルだったとそう言うわけだ。
ふぅん、そうか、へぇ。俺、花に勝っちゃったわけ。刈谷くんがカニ歩きを披露してまで両想いになりたかった花に勝っちゃったわけ。
にまにましている俺に、刈谷くんは必死に言い募っている。正直、可愛すぎる。
あわあわ動いている唇が可愛いなぁと思っているうちに、俺の駄目な欲求がむくむくと湧き上がってきた。
「ねぇ、じゃあ、刈谷くん。今なら、俺とキスできるってこと?」
奪い損ねたファーストキスである。
刈谷くんは、喋っていた唇の動きを止めて、俺を見た。
「好きな人となら、していいんだよね?」
そして俺、刈谷くんの好きな人なんだよね、これが。叶うことなら学校中と言わず町中自慢したいくらいのレベルで俺、歓喜だったりする。いやしないけど。さすがにしないけど。
「中村となら、したい」
あのときは、中村が俺のこと好きじゃないって思ってたから、駄目だって思っただけで、したかった。
ぼそりと呟いた刈谷くんは、壮絶に可愛くて、愛おしかった。
そしてここからがちなみにのお話である。
所謂ところの呪いは愛する二人のキスで解けるのが通説だ。だがしかし、きっかけは呪いだったかもしれないけれど、結果として恋する二人になっちゃった俺たちは、キスをしても相変わらずラブである。
キスした直後、刈谷くんが微妙に不安そうに「俺のこと、好きか?」と問いかけてきたのは萌え剥げるほど可愛かったわけだが。
そのままくっついちゃう? 合体しちゃう? と調子に乗って誘おうとして「親いるし。って言うか早すぎる」との冷静過ぎるお言葉で返されてしまったのもまた別のお話にしたいところである。
いや、そんなところも刈谷くんらしいですけれども。とても良いと思いますけれども。
今なら、突っ込ませてあげたのに、したくなった時に後悔したって知らないんだから、と脳内だけで不貞腐れて、きゅっと手を繋いでみた。
思えば初手繋ぎである。
そしてほんの少し驚いた気配の後、刈谷くんは大変幸せそうに目元を笑ませて、握り返してくれたのだった。
あ、萌え死んだ。
俺、こんな簡単に萌え死んでたら、近い将来来るだろう刈谷くんとの初エッチの時に、リアル腹上死しそうだなぁと、ほんのちょっぴり心配になったりした、刈谷くんと恋人になった初日の幸せすぎる回想である。
【END】
お付き合いくださりありがとうございました!