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3秒で会いたくなる《8》

恋に落ちたのは、強烈な一目惚れ(と言う名の呪いか)だったが、恋を知ったのは、刈谷くんを見つめてきたからである。

不本意ながらに始まった刈谷くん観察の日々だったわけだが、刈谷くんは知れば知るほど深みに嵌らせて来ようとするタイプだったのが運の尽きだ。もとい、恋の始まりだ。

だって、刈谷くん、可愛いんだもん。見た目も行動も中身も思考も、すべからくすべてが。



あの不器用な刈谷くんがよくぞここまで俺を避けることが出来たもんだと、逆に驚愕する程度には避けられていた俺だったが、あの衝撃の発言から1週間。
刈谷くん不足の限界に達した俺は、今現在、刈谷くんの家の前にいたりする。

「って言うか、刈谷くん家、マジでっけぇ……!」

どことなくメルヘンテイストなお家は、おそらく平均的だろう我が家の1.5倍くらいありそうだった、冗談じゃなく。

インターホンを押す前に携帯で時間を確認する。4時ジャスト。
SHRが終わった段階で、またしても俺は愛しの刈谷くんの後姿を見失ったわけだが、俺の今までの刈谷くん観察記録から推察するに、刈谷くんは寄り道はあまりしないタイプなので、おそらくこのお家にいらっしゃるはずである。

地味にドキドキしながら、ピンポンと鳴らして応答を待つ。しばらくしてうちの母さんとは大違いなかわいらしい「はぁい」と言うお声と共に、ふんわり茶髪ボブのこれまた柔らかい雰囲気の女の人が出迎えてくれた。

「あれ? もしかして夕希くんのお友達?」
「え、っと、はい! 中村と言いますが、あの、刈谷くん……」

ものすごく可愛らしい上に年齢不詳だけど、刈谷くんのお母さんと思われる人が、「いますよー、どうぞ」と招き入れてくれた。
そのほわんとした笑顔に、反射のごとく笑い返してから、あ、刈谷くんのお母さんだろうなぁ間違いなくと思ってしまった。
なんというか孕んでる空気感が同じだ。色素の薄い整った顔立ちも似てるけど、それよりもこのザ・癒し系的なこの空気感。

花あたりに聞かせたら、「恋は盲目だねぇ」と全否定されそうだが、俺にとって刈谷くんは間違いなく癒し系である。
お母さんが表面にぽわぁっと全部出てるとしたら、刈谷くんは内側にぽわぁって発散さしてる感じだ。

「夕希のお部屋2階の突き当りだから、勝手に入っちゃって」
「え? いいんですか?」
「うん。だって、中村くん、夕希のお友達でしょう?」

何の疑いもなくにこにこ微笑む刈谷ママに、俺の幼気な良心がちょびっと傷んだ。俺、果して刈谷くんの友達なんだろうか。友達から始めてみようと言ったのは間違いなく俺だが、友達通り越してマジラブ状態なのも俺である。

「あのね、中村くん。うちの夕希くんね、すごく嬉しそうだったの。こうやって遊びに来てくれるお友達が出来てたからだったのかなって」
「そうなんですか? 刈谷くんが?」
「うん。嬉しそうだったよー。あ、でもこの1週間くらいはなんかしょんぼりしてたかも」

……間違いなく俺の所為である。

「でもこうやって来てくれたんだから、きっと大丈夫。ありがとう、中村くん。うちの子と仲良くしてくれて」

間違いなく、間違いなく高校生の息子の友達(仮)に言う台詞ではないような気がしないでもない。
だけど、不思議とすんなりその台詞は受け入れられる空気が満ち溢れている。
あぁ、この人は、刈谷くんのお母さんで、この場所で刈谷くんは育ったんだなぁと何故か思った。
刈谷くんの、あの不器用で、誤解されやすくて、でも実は純粋で素直な可愛いところ。
こうやって育まれてきたんだなぁと、俺はうっかり刈谷くん本体に会う前に、感動が満ち溢れてしまった。


――やばい。駄目だ、俺。刈谷くんに逢いたい。今すぐに。

刈谷くんママに見送られて、駆け上がりたい衝動を抑え込んで、だが足早に刈谷くんの部屋の前まで移動する。

「刈谷くん」

ノックしようかなぁとも思ったけど、俺が来たのは分かってると思うし、ここで拒否された日には全俺が泣きかねないので、声だけかけてそっとノブを引いた。

もしかしたらそっぽくらいは向かれているかもしれないと想像していたのだが、意外にも刈谷くんは、ばっちり正面から俺をお出迎えしてくれた。……若干、眼、泳いでるけど。

「ごめん。刈谷くん。来ちゃった」

てへっと言わんばかりに小首を傾げてみた俺だったが、相対する刈谷くんはと言えば、ものすごいシリアスな空気感のままだった。

「勝手に来てごめんね? でもあれだよ、刈谷くんがものっそい神業駆使して俺から逃げるからだよ、これ」
「……駆使してない、別に」

我ながらどんなストーカーな台詞だと思わなくもなかったが、刈谷くんが気まずそうながらもお返事をくれたので良しとする。

「あのさ、刈谷くん」
「……」
「あ、やっぱその前に、立ったままもなんだから座らない? ね? って俺の家じゃないけど、ここ」

話したいことは多々あるけども、まずはなにより刈谷くんのリラックスである。

へらっと笑った俺に、刈谷くんは無言で部屋を見渡した後、スペースを陣取っていた茶卓を除けて、カーペット上に二人分のスペースを生み出してくれた。
ここに二人向かい合いましょうと言うことらしい。あれかな。ベッドに腰掛けましょうと誘われないのは、もしかしなくても警戒されるのかな、コレ。

「あの、刈谷くん。いろいろ確認したいと言うか、教えてもらいたいことがあるんだけど。でもその前に俺ドキドキしすぎて死にそうだから、これから聞いていい?」
「なん、だ?」
「あのさ、刈谷くん。俺のこと好きにならないって言ったけど、俺のこと、嫌いじゃない……よね?」

――と、俺は思っていると言うか信じているわけだ。
が、万が一嫌いだと言われたら、俺、これ本気で死ぬかもしれないと疑うくらいには、心臓がバクバク言っている。

刈谷くんを凝視したまま問いかけた俺から、刈谷くんはきょどっと視線を逸らした。

「なんで、そんなこと、聞くんだ?」

そしてぼそりと絞り出された台詞に、へにょんと力が抜けた。あ、良かった。刈谷くん、俺のこと嫌いじゃないわ、キタコレ。

「そりゃ俺、刈谷くんのこと好きだもん。なのにその刈谷くんに『好きにならない』とか言われたら、さすがの俺もショックってなるよ」
「そうなのか」
「いや、そうなのかって刈谷くん俺のことなんだと思ってんの! そりゃ好きな子にそんな死亡フラグ立てられたらしょんぼりしますよ」

うん、いやもう完璧安心したけど。
いやね、さすがの俺でも、ちょっぴりは心配になるじゃないかという話である。いくら刈谷くん俺のこと嫌いはないでしょ、絶対と言い聞かせてみたところで、一抹の不安は生まれるじゃないですか。

だがしかし、刈谷くんは不器用かつ素直。つまるところ嘘が付けない男なのだ。
だからその刈谷くんが「嫌い?」と問われて「嫌いだ」と返さないで質問で返してきたと言うことは、「嫌いではないが、ちょっとなんかそうは言いにくい」ということである。

と、刈谷マニアの俺は模範解答を一瞬で導き出せたとそう言うことだ。
伊達に刈谷くん見てないからね! と完璧いつものテンションに戻った俺を後目に、向かい合う刈谷くんはなぜか浮かない顔である。

「……な、くせに」
「ん、ごめん。刈谷くん聞こえなかったかも。もう一回言って?」

ん? と覗き込んでみた先で、刈谷くんの顔がまるで拗ねてるみたいに赤くなって、そして間違いなくヤケクソだと思うが、そんな勢いできっと睨んできた。

「おぉ? ご、ごめんね? 刈谷くん、一発で聞き取れなくて……」
「俺のこと、好きで好きなわけじゃないだろ、おまえ」
「え? って、あぁ、そこ!? っていうか刈谷くんが言うの、それ!?」

そう叫び返してしまったのは、条件反射だと思いたい。
だって、そうだ。この面白い恋のそもそもの始まりは刈谷くんの迷惑極まりない一世一代の恋の呪いである。
だがしかし、すぐに俺は全身全霊で先ほどの自分の発言を前言撤回したくなった。

「……刈谷くん」

この世の終わりみたいな絶望顔で、愛しの刈谷くんが硬直しきっていたからである。

「あの、刈谷くん。俺、ちなみに怒ってないよ? むしろ感謝してるくらいって言うか、うん。俺、ガチで好きだし、刈谷くんのこと」
「……」
「いや、ホントホント。俺、刈谷くん好きだってば。顔見てドキドキするだけじゃなくて、刈谷くん可愛いなぁって思うし、アホだなぁとも思うけど、好きだなぁって思うし、放っておけないなぁって思うけど、まぁ俺が放っとかないから問題ないかなと思うし、不器用だけど真面目なところも好きだし、律儀なとこも健気なところも好きだよ?」

あぁそう言えばこの間、刈谷くんの隣の席の女の子が落とした消しゴム拾ったはいいものの、返すタイミング逃し続けてキョドキョドしてるのも可愛かったなぁ。
なんて思いつくままにぺらぺらと刈谷くんの好きなとこを羅列していた俺だったが、蒼白だった刈谷くんの顔色が普通を通り越して真っ赤に変貌してった事実に気づいて打ち止めた。
残念だけど。

「な、中村」
「なに? 刈谷くん」
「おまえを、巻き込んだのは、悪かったと思ってる」
「いやだから今更だし。っていうか別にもういいって言うか、今となっては美味しいと言うかなんというか」
「でも、悪い。おまえのこと、好きになりたくないんだ」

どんな苦いもの食べたのみたいな顔で言い切った刈谷くんに、ぽかんとしたのも束の間。
あぁそうかと俺は気が付いてしまったのだった。

「ねぇ、刈谷くん」

なんだか俺に都合がよすぎるかもしれないけど。でも、この1週間ほどの刈谷くんの変調の原因はこれなんじゃないかと思えば思うほどしっくりきちゃうのだ。

「ものすごい俺に都合のいい解釈してもいい? それって、俺にこのままずっと好きでいてもらいたいって言ってるみたいに聞こえる」

お付き合いくださりありがとうございました!