「あの、刈谷くん」
これ、俺、いろんな意味で鼻血出てねぇだろうなと疑いながら、恐る恐る俺の前に舞い戻ってきてくれた天使にお伺いを立てるべく、立ち上がる。
いや、やっぱり謝らないと。
避けられてるのは事実だし、それが俺のあれやらこれやらだって言うんなら、尚更。
「刈谷くん、ごめん!」
直角にびしっと頭を下げて謝ってみたものの、待てど暮らせど刈谷くんからのお返事がない。
もしかしなくても、お怒りMAXなのだろうか。
いやでも、天使だから俺のところに戻って来てくれてわけだし。刈谷くんが優しいからなだけかもしれないけど、でも本当に俺に呆れてたら戻ってこないだろうし。
俺だったら絶対遠くから指さして笑って終わりだもん。
「刈谷くん?」
恐る恐る視線を持ち上げた先で、刈谷くんは何とも言えない神妙な顔をなさっていた。
告白したあの日と違うのは、俺が刈谷くんの表情の違いを見て取るようになれたと言うその一点に尽きる。
いや違うか。あのときはなんでか知らないけど、急激にラブパワーMAXだっただけだけど、今は違う。刈谷くんの可愛いとことか面白いとことかアホなとことか、一杯知ってる。
たぶん、この学校の誰よりも、俺、知ってる。
でも、俺は刈谷くんが何を悩んでいるのかまでは、今この瞬間読み取ることは出来なかった。
「中村」
そして、刈谷くんの不器用な唇がゆっくりと開いて、はっきりと言葉を吐き出した。
「俺、おまえのこと、絶対好きにならない」
――なんだ、それ。
ぽかんと間抜けに大口開けて固まっている間に、すっと刈谷くんに視線を逸らされて、そのまま背中を向けられてしまった。
が、なんだそれ。
予想外の衝撃に俺は、刈谷くんを追いかける選択肢を取れなかった。なんだそれ。ねぇなにそれ、ちょっと俺泣いていい?
完璧に刈谷くんの背中が消えた時点で、俺は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
なんだそれ。
「と言うか何その俺終了のお知らせ……! っていうか絶対、刈谷くん俺のこと好きとは言わなくても嫌いではないでしょ、確実に!」
万が一、花が聞いていたら、「真ちゃんのその無駄な自信はどこから出てくるのかなぁ」と小悪魔よろしく微笑んでくれたかもしれないが、だがしかし事実である。
なんだそれ。
その一言に尽きる、というかそれしか言葉が出てこない。
「いやいやいやいや、ないでしょ、ないない」
だって、刈谷くん、なんかすごい泣きそうだったもん。
理由までは分からないけど。
でも、あの顔は間違いない。
「泣きそうな顔で言う台詞じゃないでしょ、刈谷くん、それ」
**
話は少し遡るが、これまた俺の幸せ絶頂だった刈谷くんとのお泊り会の日の際のとある会話である。
自分に降りかかった呪いの正体は知りたいと思うのは、自然の摂理ではなかろうか。
と言うわけで、照れて言い渋る刈谷くんを急かさず煽らずじっくり宥めながら聞き出した真実は、さすが刈谷くんとしか言いようがないものだった。
「つまり、刈谷くんのイギリス人のおばあちゃんがメルヘンで、その人からお呪いとかお時話とかいろいろ教えてもらったってこと?」
一世一代の恋の呪いとか。
と言葉にしなかったのは、しどろもどろになっていた刈谷くんがさすがにちょっとかわいそうになったからだったりする。
俺が一世一代の告白した日は、自分から「恋の呪いだ」って言ってたのになぁ。と思い返してみるが、あの時の刈谷くんは多分テンパり度が最上級に達していたのだと今ならわかる。
だって、俺、あんだけ滑らかに喋る刈谷くん、あれ意外見てないもん。
「まぁ、そう、だな」
何故か不本意そうに首肯した刈谷くんは、恥ずかしいのが収まらないのか微妙に頬が赤いままである。
色白だからなぁと思って、クオーターだから色素薄いのか、もしかしてと納得する。
いろいろとまったく初耳だけど。
「でも、別にばあちゃんが日本人じゃないから、俺の日本語が下手なわけじゃないからな」
「いや誰もそこのとこは疑ってないから大丈夫! っていうかいろいろ足りないだけで、別に刈谷くんの日本語変だなんてちっとも俺思ってないからね?」
可愛いと多々思ったことはあるけども、だ。刈谷くんはと言えば、俺の言葉に何故かほっとしたように肩から力を抜いた。
あれか、気にしてるのか、もしかしなくても。
「でも、この呪いってさぁ……」
むしろ刈谷くんにとって呪いなんじゃないのと、ふと少し前に気が付いてしまった衝撃の事実を言おうか言うまいかと悩む。が、結局もごもごさせるだけで終わってしまった。
刈谷くんはと言えば、そんな俺の内心なんて知らず、
「最初にも言ったかもしんねぇけど、俺の顔見たらドキドキする呪い、だけ、ど」
「そうなんだよねぇ。ついでに刈谷くんと両想いにならないと解けない呪いなんだよねぇ……って、ん?」
どうやら俺に対して罪悪感が地味にあるらしい刈谷くんは、ものすごい視線を逸らしていたわけだが、そんな姿も可愛いなぁとにまにま見守りながら相槌を打った……ところで、俺はまたしてもとんでもない事実に気が付いてしまった。
「中村?」
「いや、あの、その……これってさぁ、顔を見たらドキドキするだけの産物なの?」
「あぁ。だと思う」
きょとんと俺を見つめて、それからこくりと頷いた刈谷くんは文句なしに可愛かった。あ、やばい、これ、呪いだ。
「じゃ、なくて!」
「な、中村……?」
「あ、ごめん。ごめん、ちょっと他のこと考えてた。じゃなくて、刈谷くん、そのメルヘンな恋の呪いって、おばあちゃんなんて言って教えてくれたの?」
手に汗握りながらも、顔だけは必死に笑顔を張り付けてみる。
俺、刈谷くんの無敵な表情筋をこれだけ羨ましく思ったのは初めてだよ、たぶん。
「俺、口下手で、人見知りだから、ばあちゃんが心配して」
うん。俺もこんなあほ可愛い孫いたら、ほっとけないと思う、可愛すぎて。
「まずは興味を持ってもらって、それで俺のこと知ってもらえたら、大丈夫だって」
「あぁそれは本当にそうだと思うよ、俺。刈谷くん、面白いもん」
と言うか、可愛いし、いい子だと思うし、不器用で勿体ないなぁと思うけど、だがそれが良いと思うし、他の子にも知って貰いたいなぁと思う反面、俺だけが知ってたいなぁとも思うわけで。
俺が口にした「面白い」という部分が果して褒め言葉なのかどうかは謎だったが、刈谷くん的には褒め言葉だったらしい。
刈谷くんが照れた顔でほやっと笑った。
あ、かわいい。きゅんと来るのと同じくらいの速さで、胸がちょっと痛んだ。
だって、これ、あれだよ。
刈谷くんには、……刈谷くんには、まだちょっと言えないけど、でもこれって、つまりこういう事だよなぁ。
顔を見てドキドキするのだけが呪いの主成分であるとするならば、だ。
俺が刈谷くんの行動やその他もろもろを見て「かっわいい……!」と悶えているのは、果してなんだと言う話である。
勝手にこの呪い悪化してんじゃねぇかと疑っていたりもしたわけだが、そう言う次元じゃない可能性があるわけである。
つまりこれ、呪いから進化して、ガチで恋に落ちたんじゃないの、俺。……と言う可能性である。
お付き合いくださりありがとうございました!