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破れ鍋に綴蓋《2》

【2】


「最悪だ」
「……俺は、最高だったけど」

地獄の果てからこんにちは、再びである。
二度目ときては、さすがに素知らぬふりを諦めたらしい悪友が、朝からベッドの上で頭を抱えていた。それを後目に、ごろんと寝返りを打ちがてら呟いてみる。

元々がダブルベッドどころかセミダブルでもない普通のベッドなので、当然狭い。かと言って降りる気はないので今更だけれども。ついで、半分嫌がらせでぴとっと身体を寄せてみたら、照れ隠しとは言い難い形相で睨まれた。

「当たり前だ、てめぇ……! この俺とヤッておいて最悪だとか言いやがったら殴るからな」

あ、認めた。と、にやにやしたくなったが、そこは一応自重した。

「だから良かったってば。ご馳走様でした。ところで、祥平」
「なんだよ」

ほぼ反射で答えてくれているなげやり感溢れる声音をものともせず、

「どうすんの。あの面白い四カ条」

と、言った瞬間、祥平の頭を支えていた腕が落ちて、枕に顔面を打ち付けていた。

「まぁ俺はどうでもいいんですけど。あ、おまえから触ってきたから無効なんだったっけ?」
「……いい」
「え? なに?」
「だから、いいって言ってんだろ! ただし今回っきりだからな、これで最後だからな!」

なんだその逆切れ。と思ったのも確かだったが、語尾が掠れていたのが憐れと言えば憐れで、生暖かい目で見守るのみになってしまった。
つまりあれだなと野々宮は再認した。

こいつ、全然、懲りてない。
そして次いで言えば、俺とのシェアを解消すると言う選択肢も持ち得ていないらしい。
難儀だなぁ、と思いながらも、野々宮はへらりとした笑みを張り付けた。

「今回きりねぇ、俺じゃなきゃ勃たなかったくせに?」
「死ね!」

殺意すら籠ってそうな目で睨みつけられたが、事実しか言っていないつもりではある。

「いや、死ななくてもいいけど、おい。ミヤ。今度こそ俺にケツ貸せ、ちょっと。とりあえず一回で良いから」
「ちょっと祥平。聞き捨てならないんだけど、いろいろと。もう一回くらい徹底的にヤッた方がいいの、俺。そう言う意味合いのフラグだった、これ」
「ふっざけんな、てめぇ」

腰に伸ばしかけた手を、愛想のかけらのない声と共に撃ち落された。可愛くない。

「いいか、今、ここでなんかしてみろ。合意じゃねぇ、強姦だっつって俺はあの界隈で叫ぶからな」
「……おまえの不能話でもちきりだろうところに、俺を巻き込むのはマジ勘弁してください」

今のこいつなら本気でやりかねない。不本意ながらもはじき出された自分の不利に、野々宮は早々に白旗を上げた。

「俺のこと好きなくせにさぁ」

強姦もへったくれもあったもんじゃない、と思うのも事実ではある。
ぼそりと呟いてみたのは半ば独り言だったのだけれど。

「絶対、好きじゃねぇからな、俺は!」
「そこまで否定しなくても良くない、ちょっとそれ」
「冗談じゃねぇからな!」

いやいやいや、そこまで必死で否定しなくてもいいでしょ、と若干イラッと来たが、続いた「おまえと付き合ってどうこうとか冗談じゃねぇ」的な台詞で、吹っ飛んでしまった。
あぁだからつまり、結局そこなんだよな、こいつ。
祥平の中で「恋人」イコール、「迫りくる別れ」なのである。なんとも可哀そうでついでに笑えることに。
そして俺とは「シェアをしていたい」「関係を持続させたい」のだと。

「なんか、俺」

これで本人が気づいてないのだとしたら、なんともお笑い草なのだけれど。その壊滅的な鈍さはギリギリ可愛いと言えなくもないと思う時点で、たぶん俺が駄目だ。やられている。

「昨日から熱烈な告白され続けてる気分だわ」
「死ねよ、おまえ、ホントもうマジで」

やけくそ気味に発された捨て台詞に、「俺が死んだら絶対おまえ駄目になるくせに」とは言わないで、にっこり笑う。

「祥平」
「だからなんだよ、ホントおまえは」
「俺、こう見えても、獲物は落ちてくるの待つタイプなんだよね」
「……だからなんだよ」
「いや、別に? そういや俺、今日の夜辺り久々に遊びにいこっかなぁ。祥平の面白い噂流れてたら、教えてあげる」

だからまぁ、気長に。鈍感で空気の読めない不器用な悪友が、どうにもならない恋心を自覚するまで待ってみますよ、と思うわけなのだ。
といっても、本当は俺、「泣かぬなら次に行きましょ、ホトトギス」派なんだけどなぁ、と自嘲する。

慣れない恋にいつものペースを纏えないのはお互い様なのだとしたら、認めたくはないが破れ鍋に綴蓋と言う奴なのかもしれない。


「おまえは本気で意味わからねぇ」

とほざいた悪友に、それは分かりたくないだけだろうと告げるのはまだ少し先になりそうだった。


ちなみに。
「祥ちゃん不能になったらしいねー、可愛そうに、これあげる」
と行きつけのバーに行くたびに精力剤をプレゼントされる羽目に陥った祥平と、持久力戦にもつれこむことになるのも、また更に先の未来の話である。


【END】

お付き合いくださりありがとうございました!
ちょっと早足ですが、ここでいったん完結です。