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そこから始まる恋もある!《1》

――ケツが、痛い。それも尋常じゃなく。

爽やかな秋晴れの朝、俺・遠野恭弥は、恐らくに人生最悪の目覚めを現在進行形で体験してしまっている。

「………………なんでだ」
我ながら絶望的な声が出た。なんでだ。その一言に尽きる。なぜこうなった。
見間違いだったらよかったなぁ、あはは、みたいなそんな現実逃避をしながら、視線を横にずらす。
と言っても、だ。見間違いだったら良かったのになんて思ってそれが本当に見間違いだと言う都合のいい事象は、大変残念なことに存在していなかった。
でもそれにしたってあれだ。何でよりによってお前だよ!
喚きたいのを無理やり押し込んで再認する。……嘘だったら良かったのに。つまり嘘じゃなかったわけだけれども。嘘じゃないってことは現実なわけで、現実ってことは……。

駄目だ、ちょっと落ち着こう。嫌なところに行きつきかける思考を無理やり方向転換させる。そうだ、ちょっと落ち着こう。そうだ俺、落ち着け、落ち着くんだ、俺。状況をちょっと整理しよう。

――そう、本気で何故だか分からないのだが。大事なことなので何度でも言う。本気で何でなのか分かんないんだけれども!
現実、ここは俺の安アパートで、朝起きた段階で俺は何故か狭い俺のベットで暑苦しくも男と抱き合って眠っていたわけで。
その男の無駄に整った顔を視認して、ぎゃあっと軽く叫んで飛び起きて、そして最大になんでだか分かりたくないのだけれど、その瞬間下半身にというかケツに激痛が走って。……そして、ベットに座ったままで悶絶しながらも、頭を何とか冷静な方向にもっていかせようとして、いけきれていないまま今に至るわけだ。……至ってるのだが。

それまで何とか維持されていた平穏は、もぞっと動いた布団の動きでぶった切られる。それに対して俺は情けないくらい身体がびくっと跳ねた。そしたらその反動でケツが痛んだ。なんだこれ、マジで死にたい。

「なんだ、恭弥、早いねお前、もう起きるの?」
「……早坂」
「え、まだ7時じゃん、寝ようよ。今日お前2限からだっつってなかった?」

寝よ寝よと無遠慮に俺の腰をひっつかんで(なんで裸なんだ俺の上半身とかは考えたくない、下がスースーしてんのもまたしかり、だ)、布団の中に引き戻そうとする適度に筋肉の乗った腕に、思考が固まりかける。

何故だ。

「……早坂?」
「なに、恭弥」

何、じゃねぇよ! と、そう言いたい。
にこにこにこにこ。いっそ不気味なほど幸せそうにぽやんとしてる早坂の笑顔に、言葉が詰まる。いつもの早坂と俺の関係を知ってる奴なら卒倒しそうな気持ち悪さだ。

え、違うだろ、早坂。
俺とおまえって、強いて言うなら悪友だろ、腐れ縁だろ。
高校から一緒で、なんでかその後大学もおんなじとこになっちゃって、下宿も近いみたいな腐れ縁。
……それだけだよな。どっちかっつうと、なんか微妙にムカつくみたいな、そんなあれじゃなかったですっけ。気が付いたらつるんでるくせに、気が付いたらまた喧嘩してるみたいな、そんな感じじゃなかったっスか。
俺の記憶じゃ1カ月前にした、ラーメンを食べるかうどんを食べるかで始まった大ゲンカの後、ずっと口きいてなかったはずなのに。

「お、おま、昨日……」
「え、昨日? あ、うん。ありがとね、恭弥。俺、人生で最高に幸せだった」
「……幸せ?」
「うん、俺の念願が……って、ごめん、俺ばっかり盛り上がっちゃって。そうだ恭弥大丈夫?」
「大、丈夫?」

だから何がだ。いやこれはきっとあれなのか。いや、いやいやいや! そんな馬鹿な。
もうかれこれ5年はつるんでいるが、こんな蕩けそうな早坂の顔を俺は初めて見た。
無駄に、本当に無駄だと思うほど整ってる顔を、こいつは特に俺の前ではいっつも意地悪気に飾り立ててた。それがオプションだった、はずだ。

「うん、俺も興奮しちゃってちゃんと優しくできなかったから。起き上がれてはいるよね、動ける? 今日の講義はさ、俺が全部代弁してあげるし恭弥このまま寝てていいよ」
「……」
「ね、恭弥?」
「……分かった」

何が分かったなんだ、冷静な俺がどこか遠くでかなり必死に突っ込んでいるようなそんな気がする。
まぁそのつまりなんだ。有体に言えば、有りえないぐらい蕩けそうな顔をしている早坂に、俺はビビったのだ。
ここで覚えていないだなんて、言えるわけがない。俺の頭の中で『ひどい、私初めてだったのに……!』みたいなセリフを、一昔前のトレンディドラマのヒロインっぽい女の子が吐き捨てて飛び出していった。

だがしかし。そんな現実逃避を試みようにもズキズキと痛みを訴え続けるあらぬ箇所が、がっちりと許してくれない。
上機嫌にふんふん鼻歌を歌っている早坂を横目で見ながら、いっそ痔だったら良かったのにと思いながら、俺はぐったり項垂れた。

お付き合いくださりありがとうございました!