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そこから始まる恋もある!《2》

「え、それでお前今、早坂と付き合ってんの?」
「や……分かんないっス、どうなってんですかね」
「どうなってんですかねって、あーでも納得したわ」

うんうんとしたり顔で頷いて、写真サークルの先輩でもある千鶴さんは、手付かずで残っていた俺の皿からサンドイッチを奪っていった。
減退気味な食欲を持つ身としては、そのままどうぞどうぞと皿を差し出す。捨てるのも忍びないから素直に有りがたかった。

「いやさー、うちのゼミの女の子が騒いでたんだよねー、里央くんに振られたーって。ほら早坂来るもの拒まずの女の子ホイホイだったじゃん」
「ですね」

否定できるところは一切ない。奴は高校時代からモテない俺へのあてつけのように女子連中をはべらし続けてきた悪魔だ。

「それがさー、この1週間ほどで、今までキープしてた女子全員切ったんだって。しかもその理由が、」
「『本命がいるから』?」

耳元で急に囁かれた声と、背後からぬっと現れた腕に、正直な俺の身体はぞわっと鳥肌を浮き上がらせた。そして目の前の千鶴さんの半笑いな顔。

「……早坂」
「何その浮かない顔―。っつか恭弥さぁ、メールくらい返してくれても良くない? 俺何通も送ってるんですけどー」

喋るたびに首筋に触れる唇が気色悪い。
無言で顔面をひっつかんで引きはがしたのに、早坂はもう何照れちゃってんのと嬉しそうにのたまった。


「早坂さぁ」
「なんすか千鶴さん、あ、これもう俺のなんで。勝手にちょっかい出さないでくださいよー」
「早坂お前、人類総ホモだと思うなよ。誰が出すか」
「そんなこと言って千鶴さん変態っぽいからムラっと来るかもしれないじゃないですか。ね、恭弥」

何が、ね、恭弥だ。
変態はお前だと突っ込んでやりたい。

「あーはいはい、早坂の大事な遠野くんには一切手ぇ出しませんから安心しなさい」
「はーい。あ、そうだ。千鶴さんなんか言いかけてませんでしたっけ?」
「お前さぁ、早坂セリーヌ里央ってのが本名だって、マジ?」
「はぁ!?」

斜め上な千鶴さんの発言に、できるだけ早坂に関わらないでおこうと思ってたはずの決意は見事にあっさり流された。
ちゃっかり俺の隣に腰を下ろしていた早坂は、素っ頓狂な声を出した俺を後目にけらけら笑っている。
確かに早坂はすらっとした長身に小さい顔。色素の薄そうな顎くらいまでのふわっとした髪に、無駄に女に優しい性格、と日本人離れして見えなくないかもしれないが。

「えー、それどこで聞いたんすか、千鶴さん。やだなー誰だろ。ゆきちゃんかなー、朱音かな。そうなんすよ、実は俺母親がフランス人で」
「あほか、お前。いつお前のおばちゃんがフランス人になったんだ。お前の家、じいさんばあさんの頃からの八百屋じゃねぇか。ついでにお前の茶髪は地毛じゃねぇだろ」
「さすが恭弥、俺のことよく知ってるね」

にこにこにこにこ。満面の笑みで早坂は俺を見る。
……いつもなら。少なくとも3日前までの早坂なら、俺にこんなこと言われようもんなら小学生か中学生のように反撃してきて、そんでもって俺もやり返して、しょうもない口げんかに発展していたはずだ。
それを狙ってた俺としては、予想外のダメージを食らう結果になった。万が一、万に一、これを早坂が狙ってたのなら大成功なのかも知れない。

「いやさー、なんで駄目なのってしつこかったからさぁ、俺、女の子泣かすのなんて趣味じゃないし。俺実はフランス人で大学を卒業したらフランスに帰らなきゃいけないんだ。だからそれまであと3年、恭弥とラブラブ満喫したいんだって、そう言っただけ」
「……あっそ」
「あ、俺次講義なんだよねー、そろそろ行かなきゃ。じゃあまた後で電話するから、またね恭弥」


バイバーイとにこやかに手を振って、軽くスキップまでしながら構内のカフェテリアを出て行った早坂を見送って、俺と千鶴さんはなんとなく顔を見合わせた。

「なんかあいつ今無敵っぽいな」
「……ですね」

心の底から頷いて、俺はそのままテーブルに突っ伏した。
そう全く勝てる気がしないのだ。
あの衝撃の朝から3日、何を言っても早坂は怒らない。それどころかなにがどうしてそうなるんだみたいな素敵解釈で勝手に幸せになっている。
元々が喧嘩三昧だった俺たちだ。適当に吹っかければそれであいつのあのわけのわからんテンションも切れると思ったのに。

「っつうか、あいつは俺のこと好きだったのか」
「ま、冗談じゃ男掘れねぇだろ」
「なんで俺が掘られたと思ってるんですか、千鶴さん!」
「え、逆なの? お前あんだけ言っといて早坂相手にたったの? あ、お前バイだったっけ?」
「バイですけど違いますよ!」

確かに俺はバイだ。きれいな女の子といちゃこらすんのも大好きだし、むっちりなお兄さんといちゃいちゃすんのも大好きだ。
が、早坂相手にどうのこうのってのは話が別だ。そもそも俺はどっちかっつうと入れたい派だ。俺の下で善がってんのを見るのは好きだが、自分が掘られたいと思ったことなんてなかったはずだ。

だんっとテーブルを叩いたら、千鶴さんに水がこぼれると頭をはたかれた。
別にいいんじゃねぇのと軽く続けた千鶴さんを恨みがましく見上げると、なんでだか呆れた顔をされた。
いい年してるくせに(いつから居るのか分かんないってうちの部でも噂されてる、いわゆる主だ)金色に近い色で髪を染めてて軽くしか見えない千鶴さんだけど、目は確かだ。
それに結局いい人なのだ。半泣きの俺が思わず頼ってしまったくらいには。
その千鶴さんに、そんな顔をされるとものすごい居たたまれなくなる。俺、そんな呆れられるような話、してましたっけ?

「……まぁ頭使って考えてみたら?」
「なんでですか、教えてくださいよー」
「あほ。俺が教えたってそれがホントにお前にとっての正解かどうかなんてわかんないだろ、決めんのはお前なんだから。話くらいならまた聞いてやっから、ちゃんと考えろ」

……それは、ぐうの音も出ないほどの正論で。
分かってますもんと小さく呟いて、俺はそのままふて寝した。なんだかんだで優しい千鶴さんはよしよしと俺の頭を撫でてくれる。完璧に呆れたっぽい溜息もおまけで付いてきたけれど。

何故だ。
なんでこうなっている。
結局その疑問が俺の頭からは抜け出ないのだった。

お付き合いくださりありがとうございました!