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そこから始まる恋もある!《3》

酒は飲んでも飲まれるな。
後悔先に立たず。

こんなにも格言が当てはまると思ったのは、生まれてこのかた初めてだ。
それがいいか悪いかはまぁ置いといて。

実は俺はこれまでにもすでに一度、朝起きたら記憶がなかったというアグレッシブな酒の記憶がある。あの時も3日前のあれと同じバイト先の飲み会後のことだった。

その時も朝起きたらちゃんと家にいたが、何故か俺は誰のだか全く不明のカツラを抱きしめていた。……あれは軽くホラーだった。二日酔いなんかぶっ飛んだね。寝起きの頭で髪の塊が目に入ってみろ、マジで怖いから。
おまけに見た瞬間、それをカツラじゃなくてリアルな髪の毛だと誤認した俺は、呪われたかもしれない聞いてくれと飲み会に参加してたヤツに泣きついた。そうしたら電話越しにも分かる呆れ声で、それはお前が強奪した部長のカツラだと告げられた。死ぬかと思った。

――で、だ。そんなことは置いといたとして、だ。

3日前、俺は飲み会を終えてご機嫌で日付が変わった頃に帰ってきたはずだ。そしたらアパートの下で早坂に会って、なんか楽しくなって宅飲みに誘ったんだっけ。
そうかあれはお互い酔った勢いだったのかと思って、ぱぁっと輝いた後、俺は早坂が下戸だったことを思い出して今度こそ死にたくなった。

あいつ、あの夜素面だったんじゃねぇのか。


「ねー、恭弥。晩御飯どうする?」
「お前が居なきゃなんでもいい」
「またまたぁ、なんで恭弥の愛情表現はそんなツンデレなのよ」

俺はお前にデレた覚えは一切ないんだが。
と言うかなんでお前は、講義終わりにさも当然みたいな顔して俺のアパートに入り込んでるんだ。思ってはみたものの突っ込む気力が湧いてこない。俺は半分やけくそでじゃあうどんと返事を投げる。

「お前ホントにうどん好きだねー、飽きないの?」
「嫌ならお前はラーメンでも買ってくりゃ良いだろ」
「えーせっかくなんだし同じの食べるよ、俺も」

だからどこの乙女だ、お前は! 我が物顔で狭い台所を占領して鍋に湯を沸かし始めた早坂の後頭部を睨みつけてたら、無性に殴りたくなってきた。とりあえず気力復活だ。
が、わざわざ奴のために立ち上がるのもなんか癪だ。昨日一人で自棄になって飲んだ缶ビールの空き缶がちょうど手元に転がってたのをいいことに、投げつけてみる。そしたら見事に腹の立つ後頭部に命中した。

「おまえねぇ、なんなの。そんなに俺に構ってほしかったわけ?」
「いちいちいちいち気色悪い解釈すんじゃねぇ!」

唇を尖らせながらほざく早坂に、俺の何かがぶちっと切れた。でも仕方ないんじゃないのかなこれ。むしろ短気な俺がここまで堪えたことを褒めたいくらいだ。
だと言うに、そんな俺の心境なんてガン無視で、早坂がぼそっと呟いた。


「あの時は可愛かったのに」
「――あぁ?」
「あーあ、ベットの中ではあんあん泣いて俺に縋って可愛かったのにって言っただけ」
「て……てめぇふかしこいてんじゃねぇぞ! 誰がお前のド下手くそなテクであんあん言うか! っつかそもそもふざけんなよ、この強姦魔!」

そうだ。そもそもあれだ。
同意した覚えは多分ない。それも一緒にごそっと忘却の彼方に捨ててただけかもしれないけども。
なのになんで俺がこいつに気を使ってたんだ。

早坂は一瞬ぴきっと固まった後、目を吊り上げた。

「ちょ、聞き捨てならないんですけど! 誰が下手くそで誰が強姦魔だって!?」
「お前だ、お前!」
「……恭弥、お前、まさかとは思うけど、覚えてないの」
「何を」

ジト目になった早坂に、つい俺は視線をそらしてしまった。
……後に思うにと言うか、たぶんと言うか、確実にこれが俺の敗因だったわけだが。
悲しいかな、今の俺は後に引けない状態で。早坂に負けたくないというただそれだけのプライドが自分を追い込んでいくのにも気づいてないわけではない。
ただそれでやめられるかと言われれば、そうではないわけで。

つまりもう何と言うか、後の祭りなわけだ。




「ちょ、もういいって、やめろって」
「え? 何? 全然まだまだだって? ごめんね、俺下手くそらしいからせめて朝までがんばっちゃうわ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるらしいしねー」
「もういいって言ってんだろ、このヘンタ……!」

俺に突っ込んでにやけ面を押しのけようとした瞬間、アレの角度が変わってあらぬ声が出そうになった。とっさに口に手を当ててやり過ごしたのに。

「にやにや笑ってんじゃねぇよ、ド変態っ」
「……お前いくら照れたからって、無防備なセックス中の恋人の腹に膝蹴りを入れるのはどうかと思うんだけど」
「誰が照れてるって……お前、人が喋ってる時に動くな!」


あぁもう! ムカつく。ムカつく、なんでこんなことになってんだ。
俺ってこんなに流されやすかったっけか。そもそも一番腹が立つのは、こんな男とのセックスで気持ちいいような気がしてる俺自身だったりもするわけだけど。

俺の上で早坂がふっと笑った。
その顔がなんだかまるで愛おしい誰かを見ているみたいで。そう思った瞬間、顔に血が上った気がした。

「……恭弥の泣き顔、ぶさいく」
「誰のせいだと思って……!」
「俺の所為だよねー。うそうそ、可愛い。大好き」

ちゅっと軽い音を立てて、瞼に落ちてきた唇にこいつはホントにタラシだと確信する。そうだ初めて会ったときだって、そうだったじゃないか。こいつはそういう男だ。

でもそんなの、やるのは女相手だけにしときゃいいじゃないかとも思う。お前、バイでもホモでもないだろと思考を馳せながら、俺は――生まれて初めて、セックスで意識を飛ばした。

お付き合いくださりありがとうございました!