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そこから始まる恋もある!《4》

「早坂里央?」
「知らない? 二中の子なんだけど、ちょーかっこいいんだって。しかも誰にでも優しいらしくてさ、頭もいいんだって」
「へーぇ」

俺が早坂の名前を初めて聞いたのは、高校に入る直前の姉ちゃんとの会話の中でだった。
どうせそんなの脚色された噂だろ、とか。なんの少女マンガ設定だよとか思ったことを覚えている。ついでにそれをそのまんま口に出して姉ちゃんにどつかれたことも。


「ねー、恭ちゃん」
「――何」

俺のことを恭ちゃんなんて猫なで声で呼ぶときはろくなことがない。そう分かっているのに返事をしてしまうあたり、弟ってのは姉に逆らえない刷り込みが生まれた時から完了しているとつくづく思う。

「あんたもさーうちの高校今年はいるでしょ? 早坂くんもそうなんだよ、せっかくなんだから仲良くなってうちに連れてきてよ! それで自然とあたしと仲良くなるって言う王道パターン……!」
「気があったらな」
「合うに決まってんじゃん! なんてったってめちゃくちゃ優しい良い人らしいから!」

へいへいとおざなりに相槌を打って流し読みしていた雑誌に視線を戻す。
そういうやつに限って、中途半端な不細工だったり、性格悪かったりするんだよなぁと若干僻みっぽく思考を飛ばした。まぁ姉ちゃんにはあれだけど、そんな関係になることはないだろうとごく自然に思っただけでその時は終わりだった。

だが残念なことに、そんな俺の読みはあっさり入学式直後に覆されることになるのだけども。




「どこだ、ここは」

なんで今日から毎日通う高校で、俺は迷子になってるんだ。
入学式早々遅刻してきた俺が原因と言えば原因なわけだけど。

「いやでもあの受付、絶対適当に教えたよな……」

そこの校舎に入って左に曲がってそれからまっすぐ行って右に行ったら体育館の裏口に着くからね、と言われたのを思い返しつつ、まぁいいかと俺はすっぱり入学式参加を諦めた。
後から入るのも目立つしな。と、人気のない廊下を戻ろうとしたところで、俺は嫌な声を聞いてしまった。


「――んっ、あ、やだぁ、こんなとこで……」
「そんなこと言って、俺を誘ったの美保ちゃんじゃない? いいの、やめても」
「もう……里央くん意地悪……」


――は?

何そのシチュエーション羨まし……、って違うだろ。別に羨ましくはねぇ。っつうかこんなとこで何やってんだこいつらと思いつつも、俺の足はある意味本能に忠実に、声が漏れ聞こえる教室の前で止まってしまったわけで。おまけに運の良いことにと言うか間の悪いことにと言おうか、ドアが微妙に開いていたのだ。
つられるようについつい中を覗き込んだ俺は、ドア付近で髪の長い女の子と絡み合っていた男とばっちり目があった。

げ……っと反射的に後じさった俺に、そいつは気障ったらしい笑みを浮かべて見せた。……それだけでも十分イラッとした。

「……里央くん、どうかしたの?」
「んー、なんでもないよ。気にしないで」

内緒ねとでも言いたげに、片目を閉じて自分の唇に人差し指を当てたのに、俺のイラッは最大限に加速した。
こんなとこでいちゃついてんじゃねぇよっと、腹立ちまぎれにドアをガラッと引きあけてそのままぴしゃんっと思いっきり閉めてやった。
っていうかドアくらい閉めてからやれよ、変態、露出狂! やってる方は興奮するかもしんねぇけど、見せられた方のダメージを考えろ。

ずかずか立ち去った教室から女の子の「やだ、誰かいたの」みたいな悲鳴と、腹の立つ男の笑い声が響いてきたけれど、それはもう無視することに俺は決めた。
あんなちゃらいムカつく男、絶対関わってやるものかと思っていた俺の決意は、自分の教室に入った瞬間、打ち破られる。

何の因果か、そいつ――早坂里央と俺は3年間同じクラスであることが決定づけられていたのだった。


教室で顔を合した瞬間、俺を見て面白そうに笑った早坂に、俺はこいつとは合わないと再認した。合わない、絶対に合わないに決まってる。
……そう思ってたはずなのに。
何故かことあるごとに俺にいちいちいちいち絡んでくる早坂に押されるように、2年に持ち上がるころには俺と早坂は常につるんでるみたいなポジションに追いやられていたのだ。

「お前ら喧嘩ばっかするくせに結局いつも一緒にいるよな」とか、
「あの早坂を怒らすとか、遠野いったい何やらかしてるわけ」とか、
「お前ら何で一緒にいんの」とか、
「遠野くんと仲良くなってから里央くんがあんまり相手してくれないんだけど!」とか言われながらもだ。


何でだ? そんなもんこっちが聞きたいっつうの。

姉ちゃんが言った通り、基本的に早坂は似非臭いくらいのいい奴ぶりを常に発揮していた。と言うかあれはそこまで他人に興味がないだけなんじゃないかと俺は踏んでいたのだが。
それは置いといたとしても、平和主義で誰にでも優しい。人に何か言われたってへらぁっと受け流して、相手を否定もけなしもしない。……俺以外の相手には、という注釈は付くわけだけど、でも、そんな感じの奴だった。

お付き合いくださりありがとうございました!