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http://yzkak.namidaame.com/ [Honey**]


そこから始まる恋もある!《5》

――あ、でも。一回だけ早坂、俺以外の奴を殴ってたことあったっけな。

そんないまさら過ぎることを思い返しながら、講義と講義の間の空き時間を寝て潰そうと部室へと向かっていた俺は、中から聞こえてきた声にドアノブに回しかけていた手を思わず引っ込めた。

「お前さぁ、なんでその浮かれたフリし続けてるわけ?」
「浮かれたふりって何のことですか?」
「とぼけんなよ。そもそもお前わざとらしすぎんだって。鬱陶しいくらい空気に敏感に反応するお前が、遠野の感情読み間違えるわけないだろ」

もう1ヶ月も経ってんじゃねぇかと言う千鶴さんの声にドキリとした。
中にいるのは千鶴さんに早坂だ。割って入りゃいいはずなのに、なぜだか俺の身体は動かなかった。


「だってムカついたんスよ。あいつあからさまにやっちまった失敗したみたいな青い顔するんですよ、ひどくないっスか」
「だからからかったって?」
「別に俺は………って、恭弥?」


動かないと思ったはず身体は、いつのまにか部室内へと踏み込んでいた。
俺の顔を見た瞬間、素直にやばいって顔した千鶴さんとは違って、早坂は確かにまずいこと聞かれたって顔をしたくせに、あっという間に表情を取り繕いやがった。それが無性にムカついた。
なんだかどうしようもないくらい腹が立った。


「何、どうしたの? 恭弥、もう授業終わった――」

なんでそんな、俺にまでへらへら笑ってんだ。
そんなの違うだろ、やめろよ、気色悪い。
我に返った時には、早坂がぽかんと間抜けな顔を手で押さえつつ、椅子から落ちそうになりかけながら俺を見上げていた。

「――ふざけんなよ」
「え、何、なんのこと?」
「ふざけんなって言ってんだ! てめぇ何様だよ、人で遊ぶのも大概にしろよ」
「――は? 何それ、それをお前が言うの」

あほ面してた早坂の顔が真顔になって、部室の温度が下がった気がした。
なんでだ。なんでこんな傷ついたみたいに、身体が重いんだ。そんなわけないのに。
ないはずだろ、なぁ、当たり前じゃないか。なのになんで俺は……。

「知るか、お前なんか大っ嫌いだ!」

我ながらどんな捨て台詞だと思わないでもない。多分それは早坂も同じだったんだろう。完璧に気をそがれた感じで俺を見ていたけれど。
それを見て馬鹿だと思う余裕すらなく、俺は腹立ちまぎれにもう一発早坂を蹴りあげて、部室を飛び出した。


なんでだろう。もうずっと、この疑問ばかりを繰り返していると思った。
なんでだ。
なんで俺はこんなに悔しくて、恥ずかしいような気持ちになるんだ。

なんで悲しいみたいな、傷ついてるみたいなそんな気がしているんだ。



どかどか地下にあるボックスから階段を上って1階に辿り着く。階段を上がりきったところで後ろからぱしっと肩をつかまれて、反射のように身体が震えた。

「――………なんだ、千鶴さんか」
「悪かったな、早坂じゃなくて」

振り向いた先にいた千鶴さんは、何とも言えない困った顔をしていて。俺はどんな顔をしていたんだろうと思った。早坂じゃなくて落胆しただなんて、そんなことあるわけないと思いたいのに。

「いやっつうか、あいつがわざわざ来るわけないじゃないっすか。っつか別に俺、なんも気にしてないですよ、ただちょっとあいつに踊らされてたみたいで腹立つだけで」
「あー………、うん」
「だいたいあいつが本気で俺のことそういう風に思ってるなんて、有りえないじゃないっすか。だから、別に」

なんで俺はこんな言い訳みたいなことを勝手にぺらぺら喋ってんだ。そうだ、こんなの分かってたはずで。俺だって自分で何でだ何でだって、ずっと思ってたじゃないか。
「遠野」と、永遠に続きそうなそれを遮って千鶴さんが俺を呼んだ。

「泣いても今ならからかわねぇけど」
「泣かないっすよ、なんで泣くんですか、俺が」
「ホントしょうがねぇよなお前、いや、俺も変なタイミング作って悪かった」

ぽんっと頭に手を置いた千鶴さんの重力に従って、俯いた。
違う。目の奥が熱いような気がするのは、千鶴さんが馬鹿みたいに甘い声を出すからだ。早坂が俺をからかってたのが悲しいわけなんかじゃ、絶対ない。


「昔ね、千鶴さん。俺、今ほどあけっぴろげに生きてなかったんすよ、これでも。自分の性癖がマイノリティだってことくらい知ってたし」
「……お前、うちのサークル入ってすぐの飲み会で俺に、『俺、男も女もイケるんです』って管巻いてなかったっけか」
「それは大学入ってからです。吹っ切れましたから。中高のころは田舎だったし、余計。隠してたっつうか、誰にも言ってなかっただけなんスけど。
中学校の卒業式の時にね、俺馬鹿だから告ったんですよ、中学3年間ずっと好きだった奴に。結果はもちろん振られて。気持ち悪いって思ったんだろうな、しばらくは俺に告られたってこと、黙っててくれたのに、高2の終わりくらいに急に学校でばらし始めたんですよ」

ホントになんでこんなどうでもいいことを喋ってるんだろうなと思うのに、勝手に回る舌は止まらなかった。なのに千鶴さんはただ黙って促してくれる。
だったらもう吐き出してしまえと俺の中で誰かが囁いた。そうして終わりにしてしまえ、と。楽になれ、と。

それがどういう意味でどんな感情だったのかも分からないままで、でも確かにそう思った。


「なんかみんな変な空気になって、軽いいじめみたいなんもありました。すぐに表面上は収まりましたけど。でも、みんなどっか一線引いたみたいな、そんな感じになって。でも早坂だけは、変わらなかったんです」

変わらないで、他愛もないことで俺にちょっかいかけて、喧嘩して、それでもいつの間にか仲直りして隣にいて。だから。

「あいつに、この手のことでからかわれるとは思ってなかったから、ちょっとショックだっただけなんです」


――それだけ、だ。

裏切られたように思うから悲しいんだろう。苦しいんだろう、そう思いたかった。そうでないなら、これはなんなんだってことになるじゃないか。

「千鶴さん、あいつに言っといてくださいよ。殴られたくなかったら俺んとこに顔出すなって」


千鶴さんの手を払って、そう言った。みっともない顔をしていなければいいと思った。
何で俺が早坂に騙されたって思ったからって、そんな真似しないといけないんだ。

千鶴さんはやっぱり何も言わなくて、でも困っている顔も変わっていなくて。
なんで千鶴さんがそんな顔のままなのか、なんでわざわざ俺を追ってきているのか、その答えを知るのが俺は怖かった。
みっともないけど、言葉にするなら間違いなくそれだった。


じゃ、と千鶴さんに手を振って日常を取り繕う。そしてそのままそこを離れたのは逃げているんだろうなと分かっている。

何から?


俺は――、早坂となんやかんやでこのだらだらした関係に陥ってから、ずっと疑問に思ってたことがあった。
なんでだ。なんでこうなった。
ちがうだろ、俺たちこんなんじゃなくね? と、ただそれだけを。


なんでそれだけで、俺は早坂が俺を好きだって言うのを嘘だと思いもしなかったんだろう。

そんなの普通に考えて有りえるはずがないのに。
そこまで思って、俺はなんでだなんでだと落ち込んでいる振りで、そんな当たり前の事実にすら目が行かないほど、実は自分がものすごく浮かれていたんじゃないのかという事実に気が付いて、思わず廊下の隅で頭を抱えてしまった。

なんだそれ。死にたくなるほどこっぱずかしいってのに、あぁそうなのかってすとんと納得してしまってもいる。
それがめちゃくちゃ悔しいけど。
早坂が優しくて、俺にだけ特別みたいな甘い顔で笑うのが嬉しかったんだ。

嬉しくて、それを鵜呑みにしてしまってて。ホントはそんなはずないのに、俺が馬鹿だから――って、ちがう。それはあいつが性格悪いだけだ。


あいつは――、じゃあなんでムカついたからって、そんな甘いふりを俺にしてたんだろう。

それとも何か、あいつは俺が内心喜んでるのもお見透しでいつか完全に浮かれきったところで、嘘だよんとでも言って叩き落とすつもりだったのか。最悪だ、でも有りえそうだ。


「――……最悪は、俺だっての」

嘘と本気の境界線を見分け損ねた。その結果がこの痛みだっていうんなら、ちょっとひどいんじゃないの神様と思う。
普段神様なんて信じてるわけないから何をこんな時ばかりとも思うけど、日本人なんてそんなもんだ。っていやそうじゃなくて。

「そうじゃなかったら、なんだってんだ」

考えたくない事実は忘れるに限るのだ。今までだって封印して封印して押し込め続けてそれでやってきてたんだから。


「………酒飲んで寝よ」

言い聞かせるようにそう呟いた。そうしてまた一月もすれば、きっと。俺はあほなこと言う早坂の頭をどつきながら、笑うことができる。
そしてまた少し距離を置いて、それでも隣にいれるんだから。
噛みしめるように考えてしまったそれに軽く絶望した。

それじゃあ俺が本気で、早坂に恋してるみたいじゃねぇか。

お付き合いくださりありがとうございました!