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そこから始まる恋もある!《6》

俺を除いたら誰にだって優しいのは、早坂のオプションでデフォルトだ。

大学に入ってからはなんかちゃらんぽらん加減が増したような気がするが、高校時代の早坂の良い奴評価はすごかった。
つまりみんな、こう言う訳だ。「あぁ早坂? 優しいし男前だし、良い奴だよね」と。

その早坂が、停学を食らったことがある。
同級生の男を問答無用で殴りつけたらしいという噂だけが駆け巡って、みんながみんな俺を見た。
………そのしらっとした眼にうんざりしつつも、見られる理由も分かってしまうのがアレなわけで。

早坂が殴ったのは、俺のことをホモだホモだと広言していた男だった。まぁその俺がホモだと言うその一点については、別に間違いだと言うわけではなかったんだけども。


……つまりなんだ。優しい早坂くんは、親友のために彼を殴ったのねとかそういう落ちになってしまっているらしい。



「ばっかじゃねぇの」

早坂のおばちゃんに断りを入れて侵入した早坂の部屋で、ベッドに転がって雑誌をめくっていた早坂の腹を踏んだら何すんだと喚かれた。
確かになんで俺はわざわざ謹慎中のこいつの家に様子伺いに来てしまっているんだ。

1人でなんとなく納得してしまった俺に、そういうことを言ってるんじゃなくてねと、早坂は当時まだ黒かった髪の毛をかき混ぜながらうーんと唸った。

「なんで俺が馬鹿なのよ」
「馬鹿だから馬鹿っつったんだ。ばーか」
「小学生かっての」

小さく笑って、よっと身体を起こした早坂が、ぼすぼすとベッドを叩く。そこに座れと言いたいらしい。
なんだか言われた通りにするのも癪で、気持ち距離を置いて座ったら鼻で笑われた。

「ムカつく」
「すみませんね、ムカつく男で」
「その交わす感じが腹立つ」
「じゃあ何、お前俺に怒鳴られたいの」

あくまでもわざとらしくせせら笑った早坂の意図くらい、さすがに分かる。
でもそれを分かってて乗っかってやれるほど、俺は『良い人』にできてない。

「お前、俺怒らせてうやむやにしたいだけだろ」
「この部屋入ってきた時点で恭弥怒ってると思ってたけど、違った?」

困ったみたいな顔で笑って、早坂が肩をすくめた。

早坂はいつだって一人で全部勝手に決める。別になんでも相談し合うような仲じゃない。俺だってそうだ。プライドばっかり吊り上げて黙ってることは多い。でもこれは、そんなのとはまた別なはずだ。


「馬鹿じゃねぇの。いっつも何言われたってへらへらへらへらしてるだけのくせに。なんで森尾殴ったんだよ。しかも何の言い訳もしなかったって、意味わかんねぇ。馬鹿じゃねぇの、マジで。これでお前、推薦潰れたぞ」
「俺、頭いいから大丈夫だって。それに別に推薦とか狙ってなかったし」
「逸らすなって、早坂」

茶化そうとする早坂の腕を掴んで、視線を捉えた。
あぁこいつ顔だけはホントにいいよなと思う。ムカつくし意味ないから言わないけど。
「早坂」と名前をもう一回強く呼んだら、諦めたみたいな溜息ひとつで早坂も俺を見返した。

「しょうがないじゃん。俺だって自分でびっくりするくらい腹立ったんだから」
「――なんで」
「なんでって、なんでだろうね、そんなの俺が聞きたいよ」

空いてる方の手で自分の髪をかきまわしながら呟くみたいにして言った早坂を、覗き込むようにして見上げて瞬間、何かが止まった気がした。

……その時の空気を、なんて表現したらいいのか俺は今でも分からない。

ただそれがいつもの俺たちと違ってしまっていたのだけは確かだった。
掴んだままだった腕のぬくもりも、熱が灯ったようだった早坂の眼も覚えている。絡み合った眼が何故か離れなくて。引き寄せられるように俺も早坂も距離が詰まって行ったのだけれど。

それは、里央と早坂を呼ぶおばちゃんの声が廊下から聞こえた瞬間、嘘のように立ち消えた。

すっと早坂が視線を外してベッドから立ち上がってドアを開ける。もうそこはいつもの空間だった。
なのに俺は、あてられたようにその空気に捕われたままで、逃げ出すことができなかった。


「里央、恭弥くん、お茶持ってきたよー……って、里央あんたどうしたの、変な顔して」
「してないっての、そんな顔。ありがと母さん、でももう恭弥帰るよ」
「あらそうなの? ゆっくりしていけばいいのに。どうせ里央謹慎中で暇なんだから。恭弥くん相手していってあげてよ」

それは本当にいつもと同じだ。早坂越しに部屋の中を覗き込んで、ほんわか笑う早坂のおばちゃんに、いつもの俺なら多分笑って軽口を返していたはずだった。
答えない俺に代わって、小学生じゃないんだからほっといてよと早坂が言いながら、振り返って笑った。

「恭弥もまたな。まぁたまにはこんなこともあると思って、気にすんなよ」


――それが、何を指していたのかなんて知らない。

ただひどく、重苦しいものに支配されたように感じた。
誤魔化すように笑った早坂が許せなかった。そしてお前は流すのか。その張り付けた笑みひとつで、なかったことにするのか。

それでも――俺は、何も言えなかったんだ。なんでだろうと思う。

いっそ嗤えばよかったじゃないか。お前、俺が男もいけるからって、いつもの女の子を口説く調子を俺に使ったのかって。どうなんだって。
それとも怒ったらよかったのか。変に考え込まずに、期待なんてしたりしないでふざけんなって、ぶん殴って喧嘩してそれでいつもをつくればよかった。

そんな対処法しか考えられなくて、考えたくない俺だったから、ずっとずっと避けてきた問いがある。避けてきた答えがある。

なぁお前、いつもどういうつもりなの。なんで俺の傍にいるの、なんで俺はお前の傍から離れられないの、こんなにムカつくのに。こんなに―――。
それでもやっぱり俺の思考はそこで断絶してしまう。だって、考えたくないんだ。
いつまでたってもそれができなくて。だから俺たちはどうしようもない。なにもない。発展なんて期待しないし、未来なんてありえない。


――そのはずだったのに。

それなのに今さらになって越えてしまった一線に、何が何だか分からなくなって、悔しくて、でも、認めずにはいられなくなってしまっていることにもいい加減気づいている。

認めなくてはならない。それが叶わないものだとしても。

どうにもならない思いだとしても。


俺はもうずっと、へらへらしていていい加減でどうしようもないあのアホが、好きなんだ。

お付き合いくださりありがとうございました!