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始まったばかりの恋だから《1》

俺、早坂里央は、よく人に言われる言葉がある。

いわく、「早坂くんってホント優しくていい人だよね」。

俺は可愛い女の子にそれを言われたたら、にっこり笑って「ありがとう」って答えるし、それをやっかんだ男に「なんだよあいつ」と陰口を叩かれたとしても、へらりと笑顔で受け流すことができる。

だがしかしそれは、別に俺が良い人だからと言うわけではなく、ただ自覚済みの高いプライドでもって、
『だってそんなのいちいち相手にすんの、面倒くさいじゃない。おまけに自分の感情を行動に出すのって、みっともない』
と思っているからだ。

その生まれ持った要領と容姿でほいほい世の中、渡り歩いている俺だけれども、何故か出会って早五年。

俺はこと恭弥に関してだけは、『良い人』でいれた例がない。

……つまり、ぐだぐだと何が言いたいかと言えば、今、俺の苛々は絶好調に達しそうになってますよ、と言うアレなわけなのだけど。


「なんだよ、こっちは二日酔いで頭いてぇんだっつの。言いたいことあんならさっさと言えって」
「なんでここでお前が不機嫌になるのかその理由がさっぱり分かんない」

じとーっと恨みがましく見る先で、水をペットボトルからラッパ飲みしていた恭弥が不機嫌そうに眉をしかめた。

だからなんで、ここでお前がその顔をするかな。

「だから言ってんだろ、あれはただのダチだって。俺が飲みすぎたからここまで送ってくれたってだけだろ、良いやつじゃねぇか」
「……恭弥は警戒心が足りない」
「なんで俺が男に警戒心もたんきゃなんねぇんだ! あー、頭いてぇ」

叫んだのはお前なんだから自業自得だ。
そう思うのに、ムカついてるのに、俺の手はよしよしと恭弥の背を撫でてしまっていた。

…………おかしい。

こんなに恭弥にべた甘になるのが愛だって言うんなら、なんかそれはそれで理不尽だ。
と言うか一方通行な気がしてならない。
悩む俺の横で、さすがにバツが悪くなったのか、恭弥が「だから言ってんだろ」と繰り返す。

あぁ聞いたよ、聞きました!
あのちょっとイケメンっぽいお兄さんは、恭弥のあっちの世界のお友達なんでしょ。

でもどっちもタチ同士だったから心配ないんですよね、あの男が恭弥のこと猫なで声で「恭ちゃん」って呼んでようが、俺の前でこれ見よがしにお前の身体触ってようが、ただのスキンシップなんですよね、と。

そう台本でも読むかのように言い返した俺に、「なんだ分かってんじゃん」とけろっと恭弥が笑った。


「あー、もう、マジ頭ガンガンすっわ。あー、無理」

はいこれで終わり、とばかりに再びこめかみを抑えて唸りだした恭弥は、残念なことにと言おうか運のいいことにと言うべきか、凍りついた俺の笑顔に一切気づいていなかった。

「じゃ、俺、今日午前休むから代弁頼むわ」
「って、ちょ、恭、おまえな……!」
「っつうわけで、あー、もう無理。マジで無理」

俺の文句も全部無視して、「無理!」と高らかに宣言して布団にもぐりこんでうずくまった塊を、俺は半ばあっけにとられて見送ってしまった。

なんだこれ。
っつうか、そんなわけあるか! あほでしょ、お前!

なんというかもう、いろいろと。
心の底から叫んで布団から引きずり出してやりたい欲求に駆られた俺だが、ぐっと堪えて、回れ右をすることにした。

今ここでやりあったら間違いなく、逆切れされるだけで終わる。
と言うか絶対、話になんない。
あぁもうなんて健気なんだろ、俺、と。誰も褒めてくれないので自分で自分を慰めながら、大学に向かう。

だが絶対、代弁はしてやらん。


***


「――で、今度はお前が俺に泣きつくわけね」
「それを千鶴さんが言うんですか、千鶴さんが。俺、千鶴さんの所為で恭弥に殴られたんすけどね」
「ある意味、お前らがちゃっちゃとまとまったの、それのおかげだと思わねぇ?」

結果オーライとでも言いたげな千鶴さんに、「ははは」と大変乾いた愛想笑いを返して、冷めかけた紅茶を口にする。
俺は紅茶党だけれど、恭弥はコーヒー一辺倒だ。こんなとこまで趣味が合わないんだよなぁ、と思ってから俺は、そもそもなんで紅茶飲んでるだけであいつの嗜好を思い出さなきゃならないんだ、と軽く絶望した。

大学構内のカフェテリアのテーブルに項垂れかけた俺に、

「つってもさぁ、遠野だろ? 別に本気でやばくなったら自分で何とかするんじゃねぇ。お前がやきもきしなくても」
「いやそういうあれでもなくて、なんつうか恭弥に接近してるってだけで嫌なんですけど」
「お前、前から思っちゃいたけど独占欲強ぇな」

呆れたみたいに呟いて、煙草をもみ消した千鶴さんに「分かってますよ」と俺は唇を尖らした。
いやでも、一応仮にも恋人って間柄なんだから当たり前なあれだと思うんですけどね。

「つか、そもそもあれなんすよ、何が問題って、今までは恭弥アレだったじゃないですか。男相手にも掘ってる側だった訳ですよ、それがこう俺と付き合ってからこっち逆じゃないっすか」
「……そんなお前らの赤裸々な事情、聞きたくねぇんだけど」
「いや言いませんけど、だからなんつうか、今までにはなかった色気みたいなもんがこう、むわっと出てるんじゃないかって気がしてしょうがないんすよ、だから心配なんすよ! あいつどうもこうも警戒心ねぇし、無自覚だし!」
「惚気かよ、つうか、じゃあそれお前の所為じゃねぇか」
「わーかってますって。そこはいいんすよ、かわいいから! 俺が可愛くしたんだ的なので満足してるんですって! ただ恭弥が相変わらず過ぎてあれなんですって……」

はぁっとため息をついた俺は100%本気だったのだが、千鶴さんは完璧どうでも良さそうに、新たな煙草に火を点けようとしていた。

「まぁ結局あれだろ、お前は遠野が好き過ぎんだからそれでいいじゃねぇか」

そう言った千鶴さんになんとなく「そうですね」と頷いてしまった俺だったが、千鶴さんがカフェテリアを立ち去った五分後、何の解決にもなっていないことに気が付いて思わず頭を抱えた。

いや別に、千鶴さんに解決してほしかったわけじゃないんだからいいんだけども。

俺がどうにもこうにも消化不良でムカついている昨夜の一件を思い出して、またイラッとした。なんつう悪循環だ。

陽気な酔っ払いと化した恭弥の肩を半ば抱きかかえるようにして現れた、軽そうな男の眼を思い返るに、確実にハンター的な臭いがしたんですが。
なのに恭弥が気づかないのが、より一層腹立たしいわけで。

これは嫉妬なんだろうなぁと思うと同時に、俺が求めている者も、俺は自分でなんとなくわかっている。
恭弥がちゃんと俺のこと好きだって思ってるのか、その口から聞いてみたいのだ。

お付き合いくださりありがとうございました!
早坂視点の続編です。中編程度の予定ですー(*´∀`*)