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始まったばかりの恋だから《2》

いけいけどんどんで俺が押し流してきたことを、否定するつもりは一切ないけれど。

でもそうでもしなかったら、きっと俺たちは一生あのまんまだったと思う。
傍にいてアホなことをやって、たまらなく苦しくなったら距離をとって、そしてまた波が過ぎたころに、何事もなかったように定位置に戻る。
その日常が、嫌だったわけじゃない。壊したくないから、俺は傍から見たら滑稽に違いな片思いをし続けていたのだ。

だから――、今、恭弥とこうして『付き合って』いる状態には大変満足しているのだけれども。その一方で、一つ思っていることがある。

それは俺としては、いわゆる恋人関係である俺たちの間柄において、当たり前なことだと思っているのだけれども。


「――恭弥お前、今日学校来てないよな」
「うっせぇな、てめぇは俺の母親か」

ドアを開けた瞬間、飛び込んできたのは、日がな一日ベッドの上で過ごしていたらし恭弥の姿だった。
想定内と言えば、想定内だけど、なんだかなぁ。わざとらしく溜息を零してみたものの、俺のツンデレのデレを装備し忘れた感のある恋人さんは、寝転がったままご機嫌に携帯をいじくっている。

「いーだろ別に。まだ単位何とかなるし」
「今日は代弁してやってないからね、俺は」
「はぁ? なんで!」

そこでようやく恭弥ががばりと起き上った。いや、何でじゃねぇだろとものすごい突っ込みたい。
お前がぬくぬくしてる間、俺は寒空の中を歩いてきたんですからねっと、脱いだコートを腹いせ紛れに恭弥の頭に振り掛けてみる。

「香水くせぇ」と何の感謝もない文句は無視して、俺は腰に手を当てたまま、首をこきっと鳴らした。

「なんでって、それこそなんでだっつう話でしょうよ」
「…………」
「俺はね、恭弥。お前に甘すぎた。うん、それは反省する」
「甘って……なんか気色悪ぃぞ、それ」
「だから、恭弥。とりあえずお前、そのアホな酒癖なんとかしなさい」

びしっと指を突きつけてそう言い切ってみたところ、恭弥は不機嫌そうに眉をしかめた。

いやだって、結局昨日からこっち、俺のもやもやは解決してないわけだからね。
絶対、そこんとこ分かってないよな、こいつ。

「そんな顔しても駄目だからね」
「俺が酒飲んで、なんかお前に迷惑かけたかよ」
「――酔っぱらってべろべろに人に抱きついて、セックスしといて次の日全く何も覚えてなかったのは、どこのどなたさんでしたっけねぇ」

流れるように飛び出した俺の嫌味に、恭弥が頭を抱えて撃沈した。
なんとなく俺まで、よけいなことを思い出してさらにもやっとしそうだったので、「いかんいかん」と脳裏から削除することにする。

「……まぁそれはいいとして。………昨日みたいなのはやめてほしいんだけど」
「昨日みたいって、お前またそれかよ」
「またそれって、恭弥全然俺の言いたいこと分かってないんだもん」
「もんとか言うな、気持ち悪い」
「愛を感じないんですけど」

思いっきりジト目で見つめてやると、恭弥が視線を泳がせて黙り込んだ。
何それ、それも自覚があるってことでいいんですかね。

「恭弥」
「あーもう分かったつうの! 分かった、酒飲む量は控える、自制する。ちゃんとあんま遅くなんないで帰ってくる、これでいいだろ」

なぜか逆切れ気味に言い放った恭弥に、ぜったいこいつあんま反省してないよなと思いながらも、俺は納得することにした。

まぁこう言うってことは、一応ちょっとは悪いかなと思う自覚はあるんだろうし。
そにもかくにもこれで、約束は取り付けたわけだ。
となるとそれで破ったら、それは恭弥の過失でしょうよと。

うっそりほくそ笑んだ俺に、恭弥が軽く頬をひきつらせていた気がしないでもなかったが、それには気が付かないふりで、にこりと笑いかけてみる。

「俺、お茶飲むけど淹れようか?」

コーヒー党の恭弥に、お茶一択の選択しか与えていない時点で、微妙な底意地の悪さは滲み出ているかもしれないが。
俺をちらっと伺い見た恭弥が、どことなくほっとした顔で首を振った。

本人はポーカーフェイスを気取ってるつもりかもしれないが、恭弥は結構分かりやすい。

……こういうとこは、可愛いって素直に思うんだけどなぁ。

苦笑を内心噛み殺しながら、「恭弥」とマグカップを渡してやりながら、呼びかける。

「ホントは昨日言おうと思って、お前待ってたんだけどさぁ、俺この間バイト、給料日だ ったんだけど、思ったより多くてさ。なんか 食べに行かない?」
「……行く」
「良かった。何がいい? たまにだしさー、 恭弥の好きなとこでいいよ。俺、別になんで もいいし」
「お前のそれ、今までの女にもやってきてんだろ。すげぇそういうの慣れてそう」

「はぁ?」と俺は間抜けな声を出して、今の発言を脳内でリプレイしてみる。
今のって、もしかして……まさか、あれか?

ちらりと視線を送ると、しくったとでも思ったのか、誤魔化すように恭弥がマグカップの中身を一気に煽ったところだった。

……それ、沸き立てなんだけど。
熱くないのか、主に喉。うっかりそのまま凝視してしまった俺だったが、恭弥は何ともありませんと言う顔を固持している。

「なになに、恭弥。もしかして嫉妬してんの?」

今、俺の顔は間違いなく締まりなくゆるんでいる。
にやぁっと笑み崩れたまま、恭弥の顔を覗き込んだ俺は、固まっていた顔が次第に真っ赤になっていく過程をばっちりと目撃してしまった。

「あ、そうなんだ。嫉妬してんの?」

それはもうにまにまと。締まりのない顔で繰り返した俺に、恭弥が口をパクパクさせている。
何か言い訳したいが、上手いことでてこないらしい。

――あ、俺、なんか幸せ。

にやけきった瞬間、恭弥の鉄拳が顔面にめり込んできて、俺は軽く悶絶した。

「ふ、ふざけんな! なにしょうもないこと……っ」
「あーもう分かったから、照れんなって。っつか照れてもいいけどいちいち殴んないで」
「誰が照れてっ」
「ごめんごめん。じゃ、恭弥には特別。俺が ずっと恭弥と行ってみたいと思ってたとこにしよ、そんで俺にエスコートさせてよ」

ちゅっと音を立てて軽いキスを唇にしたら、 虚を突かれたみたいに恭弥が大人しくなった。
いろんな意味で固まっただけかもしれないが。
獣を飼い馴らすかのごとく、恭弥の隣に座って、よしよしどーどーと体温を分け合ってみた結果、ぼそりと恭弥が呟いた。

「美味いの?」

この照れ隠しをかわいいなぁって思うあたり、俺、末期。
そう思いながらも、俺の顔は自然にほほ笑んでいた。なにこのベタ甘。でも幸せ。

「さぁ、俺も行ったことないから。でも良さそうな雰囲気のとこなんだよねー。美味しいお酒あるって千鶴さんも言ってたし、恭弥は気にいるんじゃないかな」

ふーんと満更でもなさそうに笑った恭弥にもう一回キスをしてみる。
恭弥も応えるように、舌を絡めてきた。

あ、やばい。この幸せ具合。
お手軽すぎると内心苦笑しながらも、さっきまで恭弥が寝転がっていたベッドに、今度は二人で転がった。

お付き合いくださりありがとうございました!