http://yzkak.namidaame.com/ [Honey**]


始まったばかりの恋だから《3》

基本的に、俺は酒はほとんど飲まない。
だから、恭弥がべろべろになって帰ってきたり、それで記憶飛ばしたり、ゲロってたりするのを見るたびに、「こいつ学習能力ないよな」とか「アホだ」「いやアホなんだからしょうがない」と内心思ってはいるのだけども。

いやまぁでも、飲むの好きなんだろうなぁとも、あんまり俺は付き合えないからなぁとか思っているのも事実なわけで。
それでちょっと、健気な俺が、毎回毎回家でごろごろしてんのもなんだから、とたまには居酒屋デートでもしませんか、とそう持ちかけてみたわけですよ。
どうよ、この健気さ。

……だがしかし。

だがしかし、だ。ちらりと横目で俺は微妙に距離を置いて隣に座ってる恭弥を見た。
確実に視線は感じているはずだが、ぐわっと酒を煽っている。酔いたいらしい。
半個室な所謂ところのカップルシートだけれども、俺は一切そんなことは気にしない。そしてこいつも、そんなことでもじもじさせるような可愛らしい神経を持ち合わせていないはずだ。

「ねぇ、ちょっと」
「……なんだよ」

確実にその顔はなんだよって顔じゃないと思ったけども。ものすごいばつの悪そうな顔に見えますけども。
「あのさぁ」と口火を切りかけた瞬間、「ご注文お伺いに来ましたぁ」と、陽気な声が飛び込んできた。

呼んでないんですけど。ガチで呼んでないんですけど。
垂れ下がってる仕切り代わりののれんを押し上げて、無駄な笑顔を振りまきながら顔を出した店員のお兄さんに、負けじと俺も笑顔を張り付けた。
あれだ。この間、恭弥と?みに行ってたあれだ。祐二くんだかなんだか知らないけども、なにもこのタイミングでこの場所でバイトしてなくてもいいんじゃないだろうか。

「呼んでないんですけど?」

いやそれはもう本当に。
自分の顔が良いだなんて、俺はばっちり自覚済みです。それでそれがどう言う威力を発揮するかと言うことも。
地味な攻防戦の後、俺の不機嫌の元凶がへらりと笑った。

「いやぁ、恭ちゃんのペースだったらそろそろなんじゃないかなぁと思って。どう? 次も俺のお勧め持ってこよっか?」
「あー……いや、……うん」

だからなんでお前もそんないかにも押しに弱そうな感じなのか、と。
俺が相手だったら「何勝手なこと言ってんだ、このアホ」くらいのこと言うでしょ、お前なら、と。それでおまけに大変腹の立つせせら笑いくらい披露してくれるじゃねぇか、と。
そう喚かないのは、俺の意地のなせる技だ。でも、恭弥には案外伝わるんだよな、これ。

地味に引きつった顔で件の元凶とやりとりを交わしている恭弥に、俺は声にならない溜息を漏らした。
俺が不機嫌な理由は謎でも、不機嫌だと言う事実は伝わってしまっているらしい。だけれども、だ。断言していい。こいつ、この男が自分に下心があるなんて微塵も思ってない。ちっとも思ってない。

なんでだか分からないけども、俺が珍しく外で不機嫌だから、困惑してるだけに決まってる。

――だからお前は隙だらけなんだって、こないだも言ったじゃん!

内心大変歯噛みしたい境地に陥りながらも、「じゃあまた後でね」と本気でいらない台詞を吐いて元凶が立ち去るまで、傍目には愛想の良い笑顔を張り付けてみていたのだけれども。
立ち去った瞬間、恭弥が何とも言えない顔で俺を見た。

「おい、おまえな……」
「なに?」

にこにこと。あくまで俺は笑顔だ。

「あのな」
「うん、だからなに?」

何度でも言おう。俺は笑顔だ。いっそ極上のと付けてやってもいいくらいには笑顔だ。
だと言うに、恭弥は居た堪れないらしく、どんどん視線を逸らしていく。
ガタン、と音を立てて恭弥が立ち上がった。微妙な緊張感をはらんだ空気なんてお構いなしに、「どうしたの?」と微笑みかけてみる。

「……トイレ行ってくる」

あの恭弥が敵前逃亡かましたくなる程度には気まずいらしい。
勝ったと瞬間思ってしまって、いやそう言う問題じゃねぇだろ俺、と頭を抱えたくなった。

お付き合いです。俺たちは今、お付き合いをしてる恋人同士なんです。
恭弥の姿が見えなくなったのを確認してから、俺はずるずると背もたれに懐いてみる。


……なんだこれ。

いくら自問したところで、出る答えなんてたぶん決まっている。認めたくないだけで。
でも、こんなの全然俺らしくない。
今までそれこそいろんな女の子とデートしてきたけども、そこで彼女が他の男にそう言う目で見られていたとしても、俺は本心で笑って受け流してきてたはずだ。

それで「里央くん冷たい、私のことどうでもいいんじゃないの」と言われたとしても、「ごめんねそんなことないよ」ってキスして抱きしめて、それで終わりだったのに。

「あー……これ、やってらんないわ」

飲めない酒を飲んで管を巻いてみたくなるくらいには、やってられない。ふんぞり返ったまま顔を覆った。なんかすごい嫌な顔してる気がして、それが嫌だ。

なんとなく恭弥のことが好きだとはっきり自覚したのはいつだったかなと考えてみたら、昔から好きな子苛める悪ガキみたいな態度しか取ってなかったことに思い当たってしまった。

大事にしたいと思うのに、優しく甘やかすだけじゃおかしい気がするのは、恭弥が男で、今までの守ってあげなきゃならなかった女の子たちとは違うからなのか。

それとも恭弥だから?

こんなにままならないのが恋だって言うのなら、なんだかなとも思ってしまうけど。


俺が遠野恭弥と言う人間を認識したのは、中学3年の夏のある日だった。
当時通っていた塾の帰り道、電車に揺られていた俺の視界に、何故かひどくクリアに飛び込んできた隣の中学の制服を着た少年。それが恭弥だった。

何故だったんだろうと、今でも不思議に思う。
でも一つだけはっきりとしてしまっているのは、俺はその時、本当になんでなんだろうなとは思うけれど、恭弥に一目惚れしてしまったという事実だけで。
一目惚れなんて絶対しないと思っていた俺の常識を、いとも簡単に覆してくれた存在は、何とも言えないひねくれた性格の持ち主だったのだけれども。


***


遠野恭弥はホモだ。
そんな噂が駆け廻ったのは、高校2年生の冬の終わりだった。


「――はぁ? ホモって、恭弥が」

親切ぶって俺に教えてくれたクラスメイトは、けれど眼だけは面白そうに笑っていた。

「なんだって。一緒にいたらお前まで変態扱いされっぞ」
「へぇ、そうなんだ」
「嫌じゃねぇの?」

どちらかと言わなくても、きらきらした目でそんな話を、仮にも恭弥の親友の立ち位置の俺に言うお前の方が嫌だよ。
と思ったけれど、顔には出さないで俺は「まあねぇ」と笑った。

恭弥がホモだと言うのは初めて聞いたけど。それが本当だったら、俺にとってはすごく有りがたいものかもしれない。
少なくとも、恭弥は俺の気持ちを気味悪がったり、男同士だからって言う理由で、俺を振ることはないわけだ。

「それさぁ、誰が言い出したの?」

まぁでも、原因は抑えとかないとね、と微笑んだ俺に、クラスメイトはわざとらしく声を潜めた。

「2組の森尾だよ。あいつ遠野と同中だろ? 今のお前と一緒でさ、ずっと親友だったらしいんだけど、卒業式の日に遠野に告られたんだって。もちろん森尾は断ったらしいんだけどさー……」

うだうだと続く残りの言葉を、もう俺の耳は勝手に聞き流しを始めていた。
森尾、なぁ。
その名前には聞き覚えがあった。平凡な見かけで、穏やかさだけが取り柄みたいな、あまり目立たないタイプだ。俺とは、全然違う。
でも仮に、それが本当だとして、なんでこの時期に、森尾は言い出したんだろう。

「……まさかね」
「何が? やっぱ気になんだろ」
「いや違うって。本当だとしてもそんなの個人の嗜好だろ? 変にはやし立てる方がかっこ悪くない?」

まさかな、と。思い浮かんでしまった考えを振り切るように、俺は愛想笑いを浮かべた。暗に窘める調子になってしまったそれに、意気揚々と喋っていた奴も気まずそうに口をつぐむ。
「悪い」ともごもご発せられた謝罪の言葉に適当に返答しながら、ぐるぐると俺は考え続けていた。

そんな簡単に何人も男に惚れる男がいてたまるかと言い聞かせてみても、俺の頭からそれは一向に離れなかったのだ。


――森尾は、今、恭弥の隣にいる俺に、嫉妬したんじゃないんだろうか?

もちろん、そんなこと確かめるつもりもなかったのだけれど。何も藪を突いて蛇を出すことはないだろう。
噂の火消しに躍起になることもなく、俺はただ今までどおり、悪友として恭弥の傍にいた。
自分で言うのもなんだけれども、人気者タイプの俺が隣にいるからか、決定的な嫌がらせをする奴は少なかったし、まぁいいかと思っていたんだ。

それに――。
あの恭弥が、俺が傍に近づいて普通に話しかけると、本人が隠しているつもりなのだろうけれど、確かにほっとした顔を見せる。嬉しそうな安心した顔をする。
歪んでいるとは思ったけれど、俺はそれが嬉しくてたまらなかった。


結局俺は、昔からガキじみた独占欲で恭弥を独り占めしたくてたまらなかったと、そういうことになるんだろうか、と結論付いてしまって、俺はつい苦笑を漏らしてしまった。

つまり、だ。
高校生だったあのころから、関係が変わった今に至っても俺はちっとも変化していない。
認めるのも癪だけど、どうしようもなく嫉妬してしまっているのだ。

こんな感情、俺が持ってるなんて、思ってもいなかったけど。

お付き合いくださりありがとうございました!