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始まったばかりの恋だから《4》

「恭弥?」
「―――なんだよ」

いや、いやいやいや。
思いっきり視線泳がせながら戻ってきた人の言葉じゃないですよね。しかもあからさまに俺の視界から右半身隠そうとしてるよね、おまえ。

「恭弥くーん?」
「だからなんだって言ってんだろ」
「はーい、恭弥くん、ちょっとこっち向いてみようか」
「ってだから……! いででででっ、おいこら、ひっぱんな!」
「んー? いいからいいから、ほらちょっとお兄さんの方、向いてみ?」

俺と恭弥の引っ張り合いは、俺の科白に無駄に反応した恭弥が「誰がお兄さんだ!」と叫ぶついでに俺を直視したって言う何ともな結末で決着を得た。
顔面全体でしまったと言っている恭弥に、こいつ馬鹿だと俺は確信する。馬鹿だ。
いや扱いやすくて面白いと言う点で長所ではあるけれど、俺以外の奴にもしてるって言うのならば短所でしかない。


「恭弥くーん? それ何か、お兄さんに教えてほしいなー?」
「……何が?」
「ここまできてそれ言う? おまえ。別に詳細に説明してほしいって言うんだったらいいけどさー、だからそれだって。おまえのその右の鎖骨のちょっと上んとこ。歯型付きの熱烈なキスマー……」
「あー、もう分かった! 俺が悪かったっての」

降参と片手をあげて、残ったもう一方でシャツを掴んでた俺の手を引きはがす。どこまで行っても恭弥だな、おまえ。

「それもあれだろ、あいつなわけでしょ」
「だからさぁ、洒落のつもりなんだって、あいつも。おまえがあんまり敵意むき出しだから、からかいたくなっただけじゃねぇの」

そんなわけあってたまるか、と。ちょっとおまえいい加減本気で馬鹿じゃないのかと。悶えたいのを堪えた俺は、にっこりと微笑んで呼び出しボタンを思いっきり押してやった。

「ちょ、待て待て! おまえ何――」
「恭弥に言っても意味なさそうだから、ご本人と直接お話しさせていただこうかと思って?」

だって俺、彼氏だし? 間違いようもなく恋人だし? なのに恭弥はこれだし、アホだし。

にーっこりと。眼は笑っていなかったかもしれないけれどもだ。極上のそれを浮かべた俺に、恭弥の顔が面白いくらい青ざめていく。
何か言わなきゃまずいと思ったのだろうけれども、それよりも例の元凶がへらりと姿を現す方が早かった。

俺はここぞと恭弥によく「怖いからやめろそれ」と言われる零度の笑顔を張り付けた。戦闘準備オッケー。

「何かご用でしたかぁ?」
「忙しいところすみませんねー、いやちょっとお伝えし忘れたことがありまして」

元凶に微笑みかけつつ、ちらりと隣を確認する。と、そこには関わりたくないと言わんばかりに、(いや現実逃避か、これ)明後日の方向を向いて酒を煽っている恭弥の横顔。
そこにキスマーク付けさせるとか、どんだけ警戒心ないのかねと嫉妬を煽られながら、首筋に腕を巻き付けて胸元に引き寄せる。

「これ、俺のなんで。勝手に手ぇ出さないでもらえます?」

多分に棘を含んだ牽制に、黙れとでも言いたいのか恭弥が脚を蹴りつけてきた。
なんで口で言わないかと言うと、さっきのあれで飲んでた酒が気管に入ったらしくげほげほ咽こみまくってるからだ。

ちょっといい気味だと思ってしまったのは、……うん、まぁご愛嬌だと思たい。


「……へぇ、恭ちゃん最近夜遊びしてないと思ったら、こんなのと付き合ってんの?」

厭味ったらしく人を値踏みしてくる視線をいなして、唇を吊り上げる。
自分の顔が与える破壊度と言うものを、俺は大変よく知っている。使えるものを使って何が悪い。

「そうですよ、ねぇ、恭弥」
「ふーん、へらへらしてるし頼りなさそうだし、恭ちゃんどこが良かったの? あ、顔? それとも身体、相性良かったとか?」
「相性がいいのは否定しませんけど? まぁ何はともあれ、恭弥の初めても全部俺が頂きましたんで?」

言った瞬間、落ち着きかけていた恭弥の咽返りが再発した。盛大にげほげほやってんのがさすがに哀れになってきて背中をさすってやる。
いや、と言うかそもそもそこでそんな咽なくてもいいと思うんですけれども。若干の不満は、大変不服そうな顔をした野郎の顔とで相殺してやることにする。

「恭ちゃん、それホント?」
「ホントだよね、ね、恭弥?」
「……まぁ」

両側から問い詰められた恭弥が、なんでだと問い質いしたくなる不本意さ加減で頷いた。

……これは、逆切れしてないだけ成長したと俺は褒めないといけないのか、もしかして。
浮かんでしまった感想に、なんだその理不尽とセルフ突っ込みをしかけたところに、さらなる爆弾が降ってきた。

「あのネコ殺しの恭ちゃんが? こんなの一本に絞ったうえに掘られてんの? 何で?」
「は、何殺しって?」
「その言い方やめろって言ってんだろ」

うんざりと手を振った恭弥の眼が確実に泳いでるのを、残念なことに俺は気が付いてしまった。つまりなんだ、そのアホみたいな呼び名はマジらしい。

「ネコ殺し。」
「お前も何回も繰り返すな!」
「恭ちゃんさー、掘られても良かったんなら俺とも相手してよ、絶対そいつより気持ちよくできるって!」

調子よすぎるって言うかだからこいつはおまえ狙ってるって言っただろうが、と。鉄壁の武装笑顔にぴきっとひびが入りかけた俺だったわけだが、救いの手は意外すぎるとこから現れた。

「悪いけど、こいつおまえの冗談いちいち真に受けっから、それくらいで頼むわ」
「えー冗談のつもりねぇんだけどな」
「俺の繊細なケツは一人だけでいっぱいいっぱいだっつってんの」

俺なにも3Pとか求めてないんだけどとぶつぶつ言ってる裕次くんの言葉が、すっかりどうでもよくなるくらいには俺はうっかり感動していた。

あの恭弥が……!
俺とだけ付き合ってるみたいなこと言ってるんですけど! あの傍若無人なうえに天邪鬼な、あの恭弥が! あの恭弥が、ですよ!?


「もういいだろ、早坂。帰るぞ」

慣れないことして気恥ずかしいのか恭弥が、席を立つ。そして未だ感動の余韻に浸っている俺に伝票をしっかり押し付けてそのまますたすたと歩きだしてしまった。
その背中をぽかーんと見送ってる裕次くんのあほ面を、俺もまたぽかんと見てたわけなのだけど。
ちょっとなんつうか、予想外の展開すぎた。

「何してんだっての、早坂とっとと来いよ! お前が会計しねぇと帰れねぇだろ」


――やばい、にやける。

遠くから聞こえる偉そうな声まで可愛く聞こえてしょうがない。絶対照れ隠しの無駄に不機嫌そうな顔してるに決まってるのに。

「はいはーい、ちょっと待っててね! じゃ、そういうことだから悪いね、裕次くん」

俺に早く着てほしいなんて、一人が寂しいみたいなそんな感じにもとれちゃうじゃない。
何それ何それ。ちょっとかわいすぎるじゃないの、恭弥くん!

裕次くんの肩をぽんっと叩く余裕までゲットした俺は、微妙なスキップまで踏みながら廊下を抜ける。変な目で見られたって全く気にならない。
陽気な酔っ払いだって思われるだけだし、それよりも何よりも俺は愛に生きることに今決めましたので。

お付き合いくださりありがとうございました!