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始まったばかりの恋だから《5》



「何急に浮かれてんだよ、てめぇは」
「んー? ん、まぁね」

照れてるのか恥ずかしいのか、どっちも一緒な気がするけど、つまり照れてるわけなんだろうけれど、店を出てからずっと仏頂面の恭弥がぼそっと誤魔化すように悪態を吐き出した。
それさえもあの(俺的に)盛大なデレの後だと照れ隠しにしか見えなくて、ご機嫌にふんふん鼻歌まで歌っちゃいながら足取り軽く、冬の夜風の冷たい夜道を行く。

あ、これ。あれかな。寒い? とか囁いて手ぇ握っても今なら許される気がする。
一瞬思ったそれは、すぐさま脳内のもう一人の現実的な俺が「いやさすがにそれはない」と却下してくれたのだけど。
そんなにやけた俺を不審げに軽く視線を寄越してから、恭弥は何とも言えない溜息を漏らした。

「一人で勝手に膨れてたくせに、いまさら機嫌良さそうだな」
「なに? 恭弥こそ拗ねてんの? って、あ。そういや、俺が機嫌悪そうだったから変にビクついてたもんね」

何で俺が機嫌悪そうだったんだとは今は言わないでおこう。
だがしかし微妙な嫌味が付属したのはご愛嬌だと思いたい。
寒いからかはたまた酔っているからか、赤い鼻をさすりながら恭弥がふいっと視線を逸らした。

「悪いかよ、俺だってたまの外飲み、喧嘩したいわけじゃねぇし」
「マジで?」
「マジでって、おまえ、俺をなんだと思ってんの」

思わず立ち止まって凝視してしまった俺に、居心地悪そうに恭弥が視線を彷徨わせる。窺うみたいなそれに、絶妙に萌えツボを押されて若干悶えそうになりながらも、俺はしれっと極上の笑みを浮かべてみる。

「なにって、恋人なんでしょ?」
「……」
「違うの?」

いっそ挙動不審だ、おまえ。そう言いたいくらいにはキョドキョドと視線を彷徨わせ続けている恭弥に駄目押しに微笑みかけてみる。
人通りがそう疎らでもない夜の街で見つめ合うこと、軽く2分。

「―――――っ、あぁそうだよ」

まるで喧嘩でも売ってるみたいに睨みながら、肯定してくれたうちの意地っ張りな恋人は、本気でどうしようもないことに俺には大変愛しく見えてしまったのだった。

――なんて言うか、マジ終わってる、俺。

「って、言わせといて何笑ってんだ、てめぇは!」

そして俺にそんな風に見つめられていることに耐え切れなかったのか、羞恥心が極限値に達したのか、癇癪を起した子どもみたいな恭弥にダンッと足を踏みつけられて、さっきとは違う意味で俺は悶える羽目に陥らされたのだけれども。

「……恭弥、ひどい」

しかも地味に強烈に痛いし。

「おまえが悪い!」

いや世間一般的にどう考えてもお前の逆切れだから!
そんな俺の心中の突込みは当然ながら、怒りながらどしどし歩いていく恋人の背に届くわけもない。
しょうがないなと追いかけようとしたところで、予想外に恭弥の足が止まった。
その姿に、なんだか微妙な感慨を俺は受ける。

あぁこれも付き合う前ならなかったことだよなぁ。どんどん先行っちゃう恭弥を俺だけががんばって追いかけてたっけ。あいつ追いかけなかったら追いかけなかったで拗ねるから。

「おい、ラーメンくらいなら奢ってやるけど」
「え、うどんじゃなくて? ラーメンで良いの、うどん屋も隣にあるけど」
「あーもう煩ぇな、俺がラーメンで良いって言ってんだから、有りがたく奢られろよ」

言うだけ言った恭弥は、さっさと指差したラーメン屋の引き戸を開けて中に入っていく。
付き合う前の、というか酔っぱらい恭弥と俺がうっかりできちゃったあの朝の少し前。
ラーメンを主張した俺とうどん大好きっ子の恭弥との間で発生した、例のあれを思い出したら、勝手に笑えてきた。
なんだかんだで俺ってもしかして愛されちゃってんじゃないの。


「早く入って来いっつってんだろ、なにぼさっとしてんだよ」

ひょこっと顔をのぞかせた恭弥に満面の笑みを向けて、俺も店の中に足を踏み入れる。

「一人にしてごめんね、寂しかった?」
「殴るぞ、てめぇ」

そんな図星みたいな照れたみたいな微妙な顔で言われても!
あぁもうなんだかなぁ。へらっと笑った俺に恭弥は眉間に皺を寄せたままだったけれど、その口元が微妙に笑っていることに気が付いてしまって。
あぁなんか良いなぁとほっこりしてしまう。
焦れったすぎる気もするけど遅すぎるくらいのこんな進展が、きっと俺たちにはちょうどいいに違いない。

とりあえず始まったばっかなんだし。



――だからってそれで全部を流すかっつうと、また別問題なわけで。

「つうか恭弥、俺結構ご機嫌治ったけど、まだそれに関して地味に怒ってるからね」

にっこりと微笑んだ俺の美形な顔を目の前に、恭弥が思いっきりラーメンを取りこぼした。じとっと俺を睨んでから、呆れたみたいな溜息ひとつでぽりぽりと鎖骨の辺りを掻いて、

「だからあれは」
「だから、俺は理由が何であれ、それ自体が気に食わないって、そう言ってんの」

そもそも恭弥の考えるそれは絶対違うと思うんですけどねとは言わないで、駄目押しのにっこりで抑え込むことにした。

「まぁ言い訳は、ベットの中でならゆっくり聞いてあげるから」

なんて親父臭い台詞は、ちょっと言ってみたかっただけだったのだけれど。その代償は、「なに言ってんだ馬鹿かてめぇ」と言ういやにドスのきいた恭弥の低いキレ声と、脛に入った鈍痛だったりした。

いや、俺これくらい言ってもいいような気がするんだけど。
たぶん、これもきっと愛なんだと思わないとやってられないような気が、またしてもちょっとした。



【END】

これにてひとまず完結です。
お付き合いくださりありがとうございました!