「恭弥は、それを本気で言ってる?」
「お前こそなんでそんなマジになってんの」
流してくれればそれでいいはずだった。嫌だけど、ムカつくけど、どうしようもないものも残るけど。それでいいって、そう思ってた。
なのに「恭弥」と名前を呼ばれても、何も返せなかった。今そこで言うべき言葉が分からない。
「お前さぁ……――あぁもういいや、ちょっとこっち向け」
溜息ひとつでトーンを変えた早坂が、ぐいっと俺の顔を持ち上げた。
見せられない顔してる気がしてるのに、と熱が顔に集中するのと、早坂がしょうがねぇなって顔で小さく噴き出したのがほぼ一緒だった。
「ぶっさいく」
「悪かったな」
「うそうそ、俺は好きだよ、恭弥のその仏頂面。あーもうなんで俺こんなにお前に甘くなってんだろ、馬鹿みたい」
がりがり髪の毛をかき回す早坂に悔しいけど、俺はかなりほっとしてもいた。でもそれと同時にまた流してしまうのかと言うのもあったんだけど。
「――っつか、お前が……」
「俺が何よ、ちょっとは俺も悪かったかなと思ってるけど、9割お前が悪いよ、今回はホントに」
そう、なんだろうか。いや、でも、どうなんだろう。黙り込んだ俺に早坂があーぁとため息をこぼす。
「もーすぐぶーたれる。俺が何、言ってみれば? なんでお前はそんなに泣きそうな顔で切れたわけ? 俺に馬鹿にされてるとでも思った?」
なんでそんな呆れた声を出されなきゃならないんだ。終わりじゃないと分かった途端、すぐそんな思考回路になるところが、残念かもしれないけど俺の俺たるゆえんだ。
世の中そうでもなきゃやってられないことが多すぎる。
「だってそうだろ」
「お前がどこから何を聞いてたのか知らないけどさぁ、お前は冗談とか腹いせで好きでもない男とやれんの? どうなのよ、そこをまず考えてみてもいいんじゃないの、一人でぐだぐだぐだぐだ酒飲んで勝手にどんよりしてないで」
そうでもしないと俺殴られ損なんですけど、と唇を尖らした早坂に突っ込んでやる余裕はない。なんだその話展開。
「あーもうお前ホント面倒くさい。ちゃっちゃと考えてよ、ほらほら」
いや待て。目の前ではいつのまにやら完璧いつもの余裕な調子を取り戻してる早坂の顔がある。にやっと笑ってほらほらとしつこくせかしてくるのに、俺は……思わず逆切れた。
「知るか、そんなもん! お前の考えてることなんて分かるか!」
「……お前ねぇ」
しらーっとした眼でこれ見よがしなため息を吐いた早坂に、やってしまったと思わないでもなかったが、結局止まれないのが悲しいかな、俺だ。おまけに、早坂相手だとそれが嫌に顕著だったりするオプションもついている。
「まぁでもそこで逆切れすんのがお前なんだよな。ホントしょうがないよねぇ」
「うるせぇよ」
「うーん、どうしよっかな。でも俺これ以上うだうだすんの嫌だしなー。面倒だし」
ちらちらと伺い見る先で、うーんと唸っていた早坂が似非臭いくらいの笑顔を浮かべて呼びかけた。
「さっきのもう終わりって俺が言った時の恭弥の不細工な顔に免じて、ひとつ俺の秘密の話を聞かせてあげようか」
にこにこにこにこといっそ不気味に笑う早坂に、俺は別にそんなのいらねぇよと言う買い言葉を必死に呑み込んだ。
さすがにこれをそこで言ったら、まずい気がする。馬鹿高いプライドに従い超突猛進な俺にも、一応反省機能は付属されていたらしい。
「俺ねー、誰にも言ったことなかったんだけど、初恋は中3の時だったわけよ」
「へぇ」
「今まで一目ぼれとかしたことなかったんだけどさぁ、なんか偶然電車で見た隣の中学の制服着た子から目が離れなくなっちゃって」
いくら変態とはいえ、早坂は美形だ。女には困っていなかっただろうこいつが一目ぼれなんて、どんな美人だと厭味ったらしく考えながら、俺は中学の時のクラスメイトの顔を思い浮かべた。隣の中学ってことは俺の中学だけど、そんな美人いたっけかな。
「その時はそれだけだったんだけどさ、高校の入学式で俺その子にばったり会っちゃって」
「――あれか。入学式早々お前が押し倒してたあれか」
「その子じゃないよ、その子は誘われて断るのも面倒だったからちょっと遊んでただけ」
けろっと笑って言う早坂を、ついうっかりジト目で見る。知っちゃいたけどお前なかなか最悪だな。
「まぁでも、タイミング的にはそこなんだけどね。その現場をなんでかその子に見られちゃってさぁ」
――は?
思わず早坂を凝視した俺に、早坂は小さく苦笑して手を振った。
「いやー、内心めちゃくちゃ焦ったんだけどさぁ、あんまりっちゃあんまりでしょ? なんか逆に面白くなっちゃってからかったら、小学生みたいな報復をされて。それなのに冷めるどころかもっと知りたいって思っちゃったんだから、俺も大概だよなぁ」
「……は?」
「だいたいあんだけ誰にでも優しい俺が、自分にだけは態度違うんだからさぁ、そこらへんもうちょい考えてほしいんだけどね、俺としては」
「いやちょっと、ちょっと待て」
「まぁ俺も好きな子苛める小学生男子みたいな真似をしてたことは認めますけどね」
いや、待て待て待て。
軽くパニック寸前な俺の前で、早坂はまた似非臭い笑みを浮かべて「だからさぁ」と最後通告を突きつけた。
「恭弥はちょっとは思い知った方がいいってことだよ、俺の愛を」
ずいっと迫ってきた顔に固まっている間に、俺の身体はベッドに持ち上げられて押し倒されていた。
「いや、ちょっと待て、マジで待て!」
「恭弥はさぁ、知らないでしょ? あの日の朝、俺がどんだけムカついたか」
にこにこにこにこ。相変わらず笑ってるくせに、俺の上に乗り上げている早坂の眼は一向に笑っていない。
その時になって俺はやっと気づいた。と言うか思い出した。本気で怒った時こそ早坂は、俺相手にでもにこにこにこにこ不気味な笑顔を振りまきだすということに。
「せっかくやっと? ずっと片思いしてたと思ってた相手が『ずっと好きだった』とか『こんな幸せ初めて』とか言いながら俺の下で可愛く啼いてたと思ったら? 朝には忘れてましたって、どこのマンガなのよって感じじゃない?」
いろいろと突っ込みたいところはあるが、ちょっと待て! マジで待て。
「ちょ、待って。早坂、それって……」
「待たない。だいたい恭弥は、俺のこと好きなくせに、いつも誤魔化してばっかじゃん」
だから知らない、と嘯いた早坂の指がムカつく器用さで俺の服を剥いていく。
それってつまり、アレなのか。早坂は俺を好きだって?
そんな都合良いことあるのか。それともあれか、ドッキリか。
そんなことをぐるぐると考えていたら、早坂がふっと小さく笑った。
「まぁでも俺は優しいから? 恭弥が言いやすくする状況をつくってあげようかなって、そう思って」
「――え?」
「俺のこと好きって認めるまで、離してやらないから」
なんじゃそりゃっと叫びたいのを再度俺は必死で呑みこんだ。
そりゃ認めたくないけど(この期に及んでまだそれかと自分でも思わんでもない)、俺だって好きなわけで。
「とりあえず、俺は好きだよ、恭弥」
なんてことを言いながら、俺にキスしてくる残念な変態に、全身から俺は力を抜いた。
それに気づいた早坂が嬉しそうに笑ったことに、なんともこそばゆくなったのも、触れる指先を大事に感じるのも、それは全部早坂だからだ。
後日談として、翌日目が覚めた瞬間、待っていたのは初夜でしたみたいな甘い雰囲気ではなく、必死な顔した早坂の昨日のこと覚えてるかチェックだったということを伝えておこうと思う。
素面の頭で、「愛してる」だとか「俺も高2くらいの頃から好きだったんです」とか「周りにいる女の子に嫉妬してたのも事実です」だとかいちいちいちいち言うのはどんな羞恥プレイだと思わんでもなかったが、隣で早坂が幸せそうに破顔していたから良しとしておくことにした。
【END】
これにて完結です(*´∀`*)
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!