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嘘吐きな恋人《1》

「もう浮気なんて絶対しない、俺には千紗だけなんだから。だからお願い、捨てるなんて言わないで」

なんて言うかしろちゃんって、色っぽいんだよね。女たちにそう評される顔を崩して、しろは「もう絶対しない」と簡単に俺にすがる。

「もう、しないのか?」

――嘘つき。

「うん、もう絶対しない。俺には千紗だけなの。俺は千紗さえいてくれたらそれでいいんだから」

嘘つき、嘘ばっかりだ。これでおまえ何度目か覚えてるのかよ。心底ほっとした顔でしろは笑う。子どもみたいだ。
怒られたって最後は絶対、お母さんは俺を嫌いになるわけがないって、許してくれるはずだってそう盲信してる、子ども。
俺がいつおまえの母親になったってんだ。

「ほんとに、しないんだな?」
「うん、絶対。ほんとに絶対だよ、約束」

その約束が何回目になるのか数えるのを止めたのは、しろの浮気がちょうど10回目を越えたときだった。だから、これが何回目なのかは、俺はもう分からない。しろが覚えてるはずなんてないから、迷宮入りだ。
しろの手が、俺の首筋をなで上げて、頬に伸びる。甘えを含んだ瞳が絡んで、そのままキスが落ちてきた。額に、瞼に、頬に。
唇に触れる寸前、「千紗」と、声だけはどこまでも真摯にしろが呼ぶ。

「千紗、俺、千紗が一番、好きだよ。大好き。愛してる」

その声に、熱に、しょうがないかと絆されてしまうには、もう少し難しい。それでも。

「……次もししたら、そのときは本当に終わりにする」

嘘つき。

「うん、ごめんね。でも次なんて絶対ないから安心して?」

その台詞、何人の女に言った? その顔で、どれだけの人数をだまして、転がした?
でも俺もまたどうしようもならない嘘を吐き続けている。
どうせ、次が来たって、俺はまた、しろを許してしまうんだ。それがどれだけ苦しくても。
どれだけ、バカらしくても。

俺はしろを好きなのかと思うと、少し困る。だって、しろを今でも好きだと、特別なのだと認めてしまえば、それはすごくしんどい、苦しい。
でも、これがただの情だと思うには、まだ足りなくて。きっと、そうではなくて。

なんで好きのままでいさせてくれなかったんだろう。
睫が触れ合いそうな距離にあるしろの目は、あのころと変わらないような気がするのに。

身動きのきかないところに、はまりこんでしまっているような気が、もうずっとしている。


[嘘つきな恋人]



「城井、また浮気したんだろー。今度は相手誰だよ」

昼休み、にやにやと話しかけてきた木原に、俺はまたかと小さく息を吐く。この間も聞かれたな。あれ、何ヶ月前だっけ、いや1ヶ月も経ってないか。

「3年の藤井先輩。ここ最近の中じゃ一番美人だった」
「マジかぁ、藤井先輩、うちの部の人たちも狙ってる人多かったぞー」

そこまで派手ってわけじゃなく、清楚系な美人の藤井先輩に憧れてる男子は多い。
しろと並んでいるのをみても、あぁきれいな人だなと素直に思った。ただ見る目ねぇなとも思ったけど。そいつ、顔だけで渡り歩いてる浮気野郎ですよなんて、あほらしすぎて言う気も起こらなかった。
っていうか、俺が言える台詞じゃねぇ。

「千紗もさぁ、なんで別れねぇかな。どこがいいわけ、あいつの」
「………」
「思い浮かばねぇのかよ。おまえらいつから付き合ってんだっけ。高校入ってすぐくらいからだったから、うわ、もう1年半くらい経ってんじゃん」
「すげぇな、俺も気づいてなかったわ」

男同士だとか、そんなの全部すっとばして、俺に「付き合わない?」と誘ってきたのはしろだった。
ふわんふわんしてるけど、ノリが良くて顔が抜群に良いしろはみんなの中心だった。そんなしろと入学式の朝にたまたま出会って、なぜか懐かれて。なし崩しのままにそのまんま。
でも、俺はしろが好きだった。

「千紗さぁ、もうやめにしたら? しんどいだろ」

軽いノリに見せかけて、本当は周りの空気を敏感すぎるくらい読んで気を使ってるところや、それをそうとは思わせない優しいところとか、一緒にいて、すごく楽なところだとか。

「そうだな、もし次されたら考えるわ」

曖昧に笑った俺に、木原はいらだった顔をした。どうせ、そんなことする気がないって、分かってるんだろう。

「じゃあ今すぐ別れてこいよ、あいつ1組の三浦とも浮気してんぞ」

しろが、好きだった。
優しいところが実はどうしようもなくだらしないしろの、ただのその場しのぎの自己防衛だと気づいたあとも。
あいつの優しさは、万人に向けられるけれど、一番優先されるのは誰よりもあいつ自身なのだと知ったあとも。

「三浦、か」
「今までは千紗が男だから、あいつが女にふらふらしてもしょうがねぇっておまえ、言い聞かせてたろ。でも、あいつ男じゃん」
「だな」
「おまえが男だとか、そんなの関係ねぇんだって。城井は絶対、おまえを幸せにしないと思うし、する気もねぇよ」

反応の薄い俺に焦れたのか、険を含んだ声で木原が急かす。俺は、俺が男だからしょうがねぇなんて思ったこと、一度もないよ。
でも、でも、そうだな、どうなんだろうな。幸せか。

ふっと窓から見下ろした視線の墨に校舎の陰を歩く、しろの背の高い姿が入った。
その隣に寄り添うようにして歩く男子の制服姿に、それが三浦だと気づく。そのまま2人の陰は窓からは見えないところに消えていく。
知ってる、そこはしろお気に入りのデートスポットだ。あんまり人に見られないから。でもここに連れてきたの千紗だけなんだよ、俺と千紗の秘密基地ねなんて、子どもみたいなことを言ったしろの言葉を、バカな俺はまだ覚えているのに。

「止めとけよ」

背を押すみたいにそう言う木原の言葉は、きっと至極当たり前だ。でもなのに、俺はいつもそれをどこまでもどこまでも先延ばしにしている。
しろと2人の幸せなんて、もうずっと前に見切りをつけた。
あるのは惰性と緩やかな熱の名残だけなのに。

ずっと、ずっと先延ばしにしてきていた終わりの陰が、このとき久しぶりに目の端を掠めていった。

俺は自分が男だからあいつの浮気がしょうがないなんて、思ってなかったけど。でも、女好きのあいつがそれでも男の俺と付き合ってるのは、どこかで俺のことを特別に思っているのだと思っていたかったし、そうだと縋っていたかった。

でもそれさえもそうでないって言うのなら、俺はしろのなにに縋ればいいんだろう。

お付き合いくださりありがとうございました!