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嘘吐きな恋人《2》

「千沙ー」
「……しろ、暑い、邪魔」

いつも通り6時間目が終わるとすぐに、しろは俺の教室までやってきた。昼休みに三浦とどこかへ消えたことなんて、一切なかったみたいに。
まだ席に座ったままだった俺の背後から、じゃれるように抱き着いてくるのもいつも通り過ぎた。
それを見て女子が「しろちゃんかわいい」と笑うのも、まったくのいつも通りで。

腹が立つと言うよりかは、あぁそうだったなと思ってしまった。しろにとっては、罪悪感をはらむようなことでもなんでもなくて、あれがいつもなんだよな、と。
だらんとのしかかってくる腕をもう一度邪魔と払いのけると、しろが心底不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。

「どうかした、千沙。なんかご機嫌斜めだね」

それをお前が言うのかと責める台詞はもう言い飽きた感が強かった。
へにょんと困ったように笑うしろを見ていると、駄目な俺はすぐに絆されてしまいそうになる。
だからすっと視線をそらして声を落とす。

「おまえ、今日の昼、どこで何やってた」

顔なんて見ていなくても、空気でしろが軽く固まったのが分かった。
と言ってもそれは俺への罪悪感であるはずがない。今これをどうやって切り抜けようかと頭をフル回転させているだけなんだ。

「え……と、見てたの?」

これもそれも、いつものパターンだと。
次が最後だと言った日から、まだ1週間も経ってないはずなんだけどなと思いながら「見てた」と小さく吐き捨てる。

「ごめん、でも、ほんと何もしてないよ? ちょっと一緒におしゃべりしてただけって言うか」
「お前の秘密の場所に、二人でか」

淡々と言い募った俺に、しろがごまかすように笑ったのが視界の端に映りこんだ。
「でも」と、もうこれで何度目なのか分からない台詞を聞くのが嫌で、小さく息を吐く。
「しろ」と遮るように名前を呼んで、広げっぱなしだった教科書を机の中に放り込む。そして鞄を肩にかけて立ち上がる。

「3日な」
「え?」
「3日、俺に近づくな」
「え、なにそれ、そんなの俺千沙不足で死ぬ!」

なんでそんなこと言われなきゃならないんだとばかりに、泣きそうな顔をするしろに、おまえ自分の行動を省みろよと言おうかと思ったけど、やめた。
無駄だ。意味がない。

「知るか。っつか3日でなかったことにしてやろうって言ってんだから、そっちに感謝しろよ」

以前一度、1週間連絡を取らないで距離を置いてみようとしたときは、5日目にもう無理と家まで押しかけられたのだ。そのことをしっかり覚えてしまっていて、俺はここまで来てもしろに合わせて譲歩してるのに。

でも別に俺と何日間かぐらい会わなくても、しろの周りにはすぐに寄ってくる人間が何人でもいるんだろうけど。――三浦でも、誰でも。
3日でこの感情の波が納まるかと言われれば、納まらないと断言できるけど。
でも少し間を開ければ、俺はまた「次が本当に最後だからな」とため息交じりに言えるようになるんだろう。

そんなこと、ないと分かっているのに、だ。

でもそうできるところまで持っていこうとしているのは、俺はまだしろと居たいと思ってしまっているということで。

不承不承「分かったごめんなさい」と了承したしろに、「その間に反省しろよなおまえもいい加減」と言い捨てて教室を出ようとした瞬間だった。
「千沙」としろが俺を呼ぶ。
振り向きたくなくて聞こえなかったふりをしようと思ったけど、そんな俺の躊躇なんて一切無視したしろの声が響く。

いつもの、声。声だけはどこまでも真摯にあいつは言うんだ。


でも、千沙。俺が一番好きなのは、特別なのは千沙だけなんだよ、と。


きりっと締め付けられたように胃が痛んだ。

しろの言う特別が一体なんなのか。付き合いたての頃はこっぱずかしいなと思いながらも素直に嬉しかったそれが、今は一番聞きたくない単語になっていた。

振り返る余裕なんてあるはずもない。手だけを軽く振って、今度こそ俺は教室から足を踏み出した。ドアを閉めた途端、「振られちゃったねーしろちゃん、その間あたし相手してあげるよー」とはしゃぐ女子の声が耳に届いた。それに笑って応えるしろの声も。

お付き合いくださりありがとうございました!