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嘘吐きな恋人《3》

苛立ちから逃げるように足早に廊下を進んで階段を下る。なんで俺が逃げるみたいなことしなきゃならないのかと癪な気がしないでもないけど、それさえもどうでもいいような気もする。
階段を降り切りかけたところで、「千沙」と上階から声が降ってきた。
その呆れきったような声に、言われるだろう内容は分かりすぎていたけど、足を止めて、上を見上げた。

「木原」
「おまえ、ありゃかっこつけすぎだろー。城井、全然反省してねぇぞ」

とんとんと階段を飛ばしながら降りてきた木原が隣に並ぶ。「今も女子とくっちゃべってんぞー」と頼みもしてない情報をへらっと聞かせて、俺の顔を覗き込む。
そして真面目な色を表情に乗せた。

「3日で切り替えられんのかよ」
「……知らね」
「それができんなら、とっとと捨てて終わらせたらいいのに」

それも知らねぇよ。適当に言い返すと、木原はしょうがなさそうに笑った。当たり前だけど、しろとは違う笑い方だ。

「帰るんなら、ぱーっと遊んで帰れよ、付き合ってやろうか?:」
「その格好でか?」

野球部の練習着を既に着込んでいる木原を指して言えば、木原は悪戯な顔をする。

「南高の4番が練習さぼってまで付き合ってやるって言ってんだから素直に喜べよ」
「4番ならなおさら練習しろよ」
「それもそうだな。っつか相変わらず千砂は真面目だよなぁ」

なのになんで、あんないいかげんなやつといつまでもだらだらと付き合ってるんだと続けそうな木原を制するように苦笑すると、木原はなんとも言えない顔になる。

「千沙ももっかい野球やったらいいじゃん。おまえ、野球はあんだけすっぱり止めたくせに」
「高校入ってまで本格的にやるつもり起きなかったんだから、しょうがねぇだろ。いいじゃん、おまえはがんばれよ。っつかもうすぐ地区予選始まんじゃねぇの」

話題を変えてくれたのに、ほっとしながら、そういえばと思い当たる。
もうそんな時期なんだよな。

「なんだかんだ言って気にしてんじゃん。別にいいけどなー、鬱々と考えてるより健康的だぞー」

まぁ確かに。
こんな風にうだうだぐだぐだしてるより、よっぽど健康的っつか建設的だよな。

今の俺としろの関係は、どう考えても不健康だ。

それもこれもしろのキャラ故なのか、なぜか俺としろが付き合っていると言うことに関して、面と向かって「男同士のくせに」だとか「ホモ」だとか言われたことはない。
これもあの「しろちゃんならしょうがないよね」効果の一つなのかもしれない。
だとしたら、ちょっとすごいよな。

なんでみんな、あいつがいいのか。

「とりあえず今日はもう家帰るわ。なんか腹も痛いし」
「って、お前押さえてんのそこ、腹じゃなくて胃だろ」
「そうか?」

そういやさっき痛いと思ったのは胃だったけかな、どっちでもいいけど。
はぁっとやたら深いため息をなぜか木原に吐かれた。

「ストレス溜まってんじゃねぇの」
「あー……知らね、どうなんかな」
「知らね、じゃねぇよ。おまえ、もうちょいいろいろ気にしろよ」

してるしてる。たぶん。中学の頃は野球部でしこたまやってたから体力もないわけじゃないし。
有り難いことに明日は土曜で学校もない。しろからもさすがに昨日の今日じゃ連絡ないだろうし、一人になれる。

「早く行かねぇと練習始まんぞ、4番」
「もういいよ、始まってる気ぃするし。今急いでも急がなくてもどうせグランド5周だわ」

言いながらだらだら下駄箱までの距離を一緒に歩く。昇降口でグラウンドに向かう木原と別れようとしたところで、木原がぼそっと呟いた。

「俺さーさっき千沙追いかける前、城井にめっちゃ睨まれたんだけど。自分は女子に囲まれてるくせに。すげぇよな、あいつの独占欲っつうか執着心っつうか」
「そんなんじゃねぇよ、勘違いじゃねぇの。それかお前のこと嫌いなんだろ。おまえもしろ嫌いだし、おまえら相性悪いよな」
「……まぁ、いいけどさ、せっかく休めんだし、ゆっくりしとけよな」

曖昧に言葉を濁して木原がグラウンドに向かって走っていく。
その背中をなんとなく見送ってしまってから、俺も小さくため息を吐き出してしまった。

校門を出たところで、人待ち風情に塀に寄りかかっていた三浦とすれ違った。俺とは全然違う、女みたいな整った唇が、小ばかにしたように微かに吊り上る。

絡みかけた視線を外したのは俺だった。

――嫌だ。

嫌だな、なんでこうなってしまっているんだろう。
あのころは、しろと初めて会ったころは、こんなじゃなかったはずなのに。

一緒にいるのが嫌だなんて、苦しいだなんて。

好きでいることが辛いなんて、ちっとも思っていなかったのに。


お付き合いくださりありがとうございました!