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想像の、ナナメ上《2》


【2】


「っあ……!」

噛み殺し損ねた嬌声が喉を突いた。なんだ、これ。
感想を述べるとすると、その一言にすべてが纏められような気さえしてしまう。
そもそもなんでこうなってるのかも分かりたくもないし、自分が受け入れる立場で感じているのも信じられない。

力の入った爪先がフローリングを滑る。崩れかけた体勢を支えたのは、密着している背から回ってきた腕だった。腹部に回されたそれに自ずと腰を突き上げつきあげるような姿勢になる。

玄関先の廊下で腰を高く上げて四つん這いになっている自分の格好が想像できて、酒が入った頭でもさすがに羞恥が込み上げてきた。
逃げを打とうとした上半身はあっさりと引き戻されて、顎を伝った汗がフローリングに落ちた。
深くなった結合に零れそうになった声を噛む。尻も痛いが、何の敷物もない状態で膝を着いている足も痛いし、腕も疲れた。

俺は、こんな雑なセックスしねぇぞと、微妙にピントのずれた文句を言いたくなってきた。
俺は絶対ベッドでしかやらなかったし、変な道具も使ったりもしなかったし、とても安全かつノーマルな夜を提供し続けてきたって言うのに、てめぇはなんだ。

俺だからか。……俺だから、ちょっとくらい雑にしても乱暴にしても大丈夫だとか、そういう算段か、もしかしなくても。
とりとめもないことを現実逃避のように考えていると、ふっと小さな笑い声が落ちてきた。
そして首筋に甘いキス。

「って、め……!」

反射のように首をのけぞらして睨んだ先で、数年来の悪友が目を細めた。あまり見たことがない部類の、顔。

「なに? 祥平がヤりたかったんじゃなかったっけ? 俺、ちゃんといい子に四カ条守ってたつもりなんだけど?」
「違っ、あ……ん……ふざ、け……」

クソ、この野郎。人が喋ってるときに動くんじゃねぇよ、礼儀のねぇ野郎だなとか。
違う、そもそも前提が違う。俺がしたかったのはタチだ。おまえに突っ込みたかったんだとか。
腰を固定するように掴まれて、これから来るだろう衝撃に息を詰める。

「ん……っ、あ! ぁ……加減に、しろ……!」

既に入りこんでいた熱量が、更に深くなる。奥へ奥へと撃ち込まれるのに、自分自身も勃起しているのが分かった。
信じがたい思いで咄嗟に隠そうとしたけれど、密着するように覆いかぶされている状態ではすべてが無意味だった。膝もとに絡んだズボンが鬱陶しい。

「――なんだ、勃ってるじゃん、ちゃんと」

耳元でぼそりと声がしたと判じた時には、べろりと耳朶を舐められていた。それだけの刺激なのに、背筋がぞわりと震える。信じられないと言うか、信じたくない。

「野々宮……っ」
「良かったじゃん。勃って。これで土岐ちゃんに不能じゃなかったって言えるね」

違う、だからそうじゃなくて、だ。
そうじゃなくて。俺のタチとしてのアイデンティティが崩壊の危機に瀕しているのだが。
やわやわと更なる快感を擦りこむように、野々宮の手が芯を既に持っている祥平のものを握り込んだ。

「やめろ……って、野々宮っ!」
「なにを? って言うか、どれを?」

後ろからも前からもどちらからも発生する刺激で、訳が分からなくなりそうだった。

「ねぇ、どれを? 祥平」

性質、悪ぃ……!
と言うか、だ。こんなはずじゃ、なかったのに。なかったはずなのに。
曖昧になってきた思考で祥平は頭をフローリングに擦り付けた。最早、腕を立てておけるだけの体力がなくなっていた。

イきたい。その衝動を防ぎ止めるように野々宮の手が動きを止める。腰の律動もおさめられると、行き場のない中途半端な熱が渦巻いている感覚に陥ってしまう。
ふざけんな。いい加減にしろ。プライドだけで睨みあげた。張り付く前髪の隙間から、妖艶な色が視える。
こいつ、なんで俺で興奮してるんだ。そんな疑念が過ったのも一瞬で。

「イきたい?」
「……っ」
「あれ? イきたくなかった? まぁ別にそれならそれでいいけど。イきたくなったらちゃんと教えてね、口で。俺に後ろからガンガンに突っ込まれてイきたいって」
「ふっ、……」

ざけんな、と罵りたかった声が、喉で消えた。
と言うか、おかしい。おかしいだろう。
なんでこんな状況になっているんだ。
こんなはずじゃなかった。こんなの想定してなんていなかったぞ、少なくとも三時間前の俺は!

どこで選択を誤ったのか。祥平はここ最近の自分の行動を熱に浮かされそうになる頭で思い返していた。


そもそも何が駄目かと言われれば、うっかり寝てしまった事実が、というか体験が記憶から消えてくれないことである。
そう考えて久々にお相手を求めて夜の街にふらりと姿を出したのは、祥平としてはいたって合理的な判断であった。

そしてそこで、かわいい好みのお相手を見つけたまでは良かったのである。
問題は、そこで今まで百戦錬磨だったはずの息子が勃起しなかったこと……だった。


**

直前までの甘い顔を一転、醒めた顔で睥睨してきたお相手の絶対零度の視線を思い出すだけで心臓に悪い。

「へぇ、祥平。不能なの?」

俺が相手で勃たないとか、それしか有り得ないよねと。無言で圧力をかけてくる顔は、童顔で大変可愛らしいだけに余計恐ろしかった。

「いや……、その」
「違うの?」

一音一音区切られた念押しに、視線を泳がせかけて諦めた。
なんだ、これ。
魅惑的な肢体に好みの顔。感度も良好。俺はこれ以上の何を求めてるって言うんだ、おい。
好みのタイプはと言われると、可愛くて自分より背が低くて、どことなく小悪魔的な色気のある子。そう応える自分の理想に近い相手だったはずである。

「あー……、ごめん。土岐ちゃん」

唸るようにして祥平は頭を下げた。

「マジごめん。ちょっと疲れてたのかも、俺」

今まで気が付いていなかっただけで、たぶんきっと、願わくば。
そうでなければ、なんだと言うのだ。

まさか。
まさか、塗り替えるために自分好みの可愛い相手を捕まえて、いざ本番! と意気込んだそのタイミングで、あいつの顔が浮かんでくるとか、想定の範囲外過ぎる。
浮かんだ瞬間、有り得ないくらい身体から熱が退いていった。その自分が自分で一番、信じられなかった。

なにがどうして、こうなった。と言うか、こうなっている、俺。

二十年以上、不器用で面倒くさいと評される己の性格と付き合ってきているが、これだけ自分自身が分からないと言う謎な事態に陥ったのは、この瞬間が初めてだった。

お付き合いくださりありがとうございました!