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花の名前 ―滝川万探偵事務所始末記 序―《11》


【11】


あまり雪かきのされてない店の横に駐車させてもらって、すり硝子の引き戸に手をかける。
建てつけの悪い音ががらんどうとした狭い売り場に響く。
品数は少ないが、賞味期限を思わず確認したくなる雰囲気はなく、しっかりと目が行き届いているようだった。

「あの村は閉鎖的な場所だから」と眉をひそめていた人の良い顔の店主が思い浮かんで、行平は微かに詰めていた息を吐いた。
物珍しそうに商品棚を眺めている神野に声を掛けまいか迷っているうちに、繋がっているらしい居住部分から一昨日顔を合わした店主が姿を現す。そして店内にいた行平たちを見とめて、意外そうに目を瞬かせる。

「あぁ、このあいだの子たちだね。帰るのかい?」

子という年齢はとうに越しているつもりだが、初老の域に達している彼からしたら息子と言うよりかは孫に近いのかもしれない。

「早く帰った方が良いよ。この辺りは雪深くなると、都会の子は運転しづらいだろう」

相好を崩しながらも、やんわりと追い返そうとする調子だ。それに気づかないふりで行平は明るい声を出す。

「いえ実は気に入ってしまって。もう少しお邪魔しようかなと思ってるんです」
「気に入ったって、玉響を?」
「あんな辺鄙で閉鎖的なところを、って顔。おじさん正直だね、俺も心底そう思う」

不意に行平の肩に腕をかけて、神野が会話に割り込んでくる。おそらくあの顔でにこりと微笑んだのだろう。
行平と対面していた店主が狐につままれた表情を垣間見せて、それから今まで以上に愛想の良い笑顔を浮かべた。

「確かにあそこは閉鎖的だからねぇ。いきなり訪ねてきて、嫌な顔されたんじゃないか。可哀そうに」
「あ、いえ。一応、私たちはあの集落の方に招待されてきたので」
「招待? ……親戚の子たちってわけじゃないよな、君たちは」
「この人、一応探偵なの。あんまりぽくないけどね」
「一応じゃなくて探偵だからな、俺は。――と、まぁ、そう言うわけなんです。詳しくは言えませんが」
「何それ、依頼人の秘密保守義務ってヤツ? だったら今更でしょ、あっちだって騙し討ちみたいなもんだったんだし」

不服そうな神野と目線だけで攻防していると、店主が苦笑して首を振った。

「隠さなくてもこのあたりの者だったら自然と分かるよ。佐和子ちゃんだろう? あの子も気の毒に」
「神隠し、ですか」

否定も肯定もせず問いかけた行平に、「あんたたちの前にもあの集落に入っていた怪しげな人間が何人かいたからね」と肩をすくめる。

「でもその人たちより俺たちの方が胡散臭くないでしょ?」
「そりゃまぁ、そうだねぇ。あんたほどのべっぴんはいなかった」

「でしょ」と気持ち悪いくらいの愛想の良さで微笑んだ神野が緩めた空気に便乗して、「その人たちは神隠しの調査で来てたんですよね」と問いかける。
店主は何とも言えない顔で、視線を自分が出てきた襖の方に飛ばした。

「こう言っちゃなんだが、その話をよそ者にする人間はこの土地にはいないよ」
「桐原が怖い?」

ずばり切り込んだ神野の声に、店主は困りきった風に眉根を寄せる。それが答えだった。

「早く帰った方が良いよ。君らも嫌な思いはしたくないだろう」

それ以上はない、と嘆息した男を後目に、神野は行平の肩をとんと指先で叩いた。

「俺、ちょっと出てくる」
「出てくるって、……」

外、寒いだろ。言い掛けた行平の言葉を呑みこませて、「後はよろしく」と飄々と硝子戸をあけて細い身体が外界へと消えていく。
その後ろ姿をなんとなく二人して見送ってしまっていたことに気が付いて、行平は取り成すように笑みを乗せた。けれど、店主は眦を下げて、小さく嘆息する。

「早く帰った方が良い。あの村にこのまま戻らない方が良い」
「お言葉ですが、戻ります。調べないといけないことがあるので」
「あの子が居なくなったのは、もうだいぶ前の話だ。わしだって山狩りに参加したよ。でも見つからなかった。佐和子ちゃんは気の毒だが――、あんたがそう気にすることじゃないだろう」
「それはない、です」

関係がない、と線引きされた枠をきっぱりと行平は踏み越える。それは神野が吐き捨てた行平の感傷なのかもしれない。けれど行平にはどうしたって捨てられないものだった。

「俺にできることがあるんなら、俺はなんでもします。そのために来ているんです」
「――あの子もかい?」
「少なくとも、俺はそうです」

神野の真意を行平は知らない。読めない男だと思っている。けれど悪人ではないと信じてもいる。

「戻るつもりなら、気を配ってあげた方が良い」
「どういうことですか?」
「あそこには綺麗なものに目がないのがいるだろう」

思い浮かんだのは桐原の無機質な顔だった。次いで脳裏を過ったのは、いつもの超然とした殻が壊れたような昨夜の神野の姿で。

行平の喉元にせり上がってきた何かが音になりきろうとした瞬間、携帯の機械音が響き渡る。急に現実に戻った気分に陥りながら、画面を確認する。そこに浮かんでいたのは佐和子の名前だった。

店主に目礼して、行平は応答ボタンを押す。耳に響いてきた声はいやに明るい。

「え……どうしたんですか。え、――はい、はい。……桐原、さんが?」

お願いします、と興奮を隠しきれない声で打ち切られた通話に行平は知らず眉を寄せていた。

「いろいろとお気遣い頂いてありがとうございます。でも、戻ります」

険しい顔を収めて言い切った行平に、店主が人の良さそうな眉を下げる。そして静かな声を零す。

「辺鄙な集落にはよくある話なのかもしれないが、あそこは身内意識の強いところでね」

しん、と冷えた店内にその声は響く。

「あそこは桐原が神様みたいなものだと聞くよ」

それ以上はない、と店主は「それじゃあ気を付けて」と背を向けた。その丸い背中が奥に引っ込んでいくのを見届けて、行平は小さく息を吐き出した。
なんとも言えない気持ちの悪さを腹に抱え込んだまま、引き戸を開ける。外はまた雪が舞い始めていた。


「――神野」

出入り口にもたれ掛るようにして座り込んでいた男に、視線を落とす。神野はさして寒そうなそぶりも見せず、行平を見上げて唇を緩やかに釣り上げた。

「どうだった?」
「一度戻る。平岡さんから連絡があって、桐原さんが会うって言ってくれているらしい」

どんな反応を見せるかと窺っていた行平だったが、結果は同じだった。へぇと例の感情の読めない顔で笑って、神野が立ち上がる。
顔に降りかかろうとした雪を落としながら、白い空を見つめている。そして呟いた。

「嵐になりそうだね」

嫌な空だ、と行平も思った。佐和子の熱に浮かされた声が頭の中で何度も繰り返されている。


――桐原さんが、あなたたちなら玉響さまが交渉してくれるかもしれないって仰って下さったんです。話をしたいからぜひ今日、桐原さんのところに足を運んでくれないかって。
お願いします、滝川さん。

隣を見遣ると、神野は読めない表情で虚空を見上げていた。さらりと黒い毛先が揺れて、項が露わになる。
そのコントラストから逃げるように、行平は足元に視線を落とす。先ほど店内に入るときに着けたはずの足跡は、降り始めた雪によって消されてしまっている。

これではまるで、トンネルの向こうに戻ったら帰れなくなってしまいそうな気がしてきてしまう。
その弱気を振り切って、行平はいつのまにか握り込んでいた掌をゆっくりと開けた。

最後、触れたドアに一度、読み取ってみようと意識を込めた。
視えたのは、こちらを監視しているかのような誰かの細い目だった。

お付き合いくださりありがとうございました!