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花の名前 ―滝川万探偵事務所始末記 序―《2》


【2】


「前略、滝川万探偵事務所 滝川様

突然のお便りにて失礼いたします。
本来なら直接訪れてお願いすべきところ、書面にて失礼させていただく無礼をお許しください。

筆を取らせていただいたのは、滝川先生のお力をどうしてもお借りしたかったからなのです。
単刀直入に申します。どうぞ、滝川先生、私を救ってください。私の息子を捜してください。

私の息子、平岡隼人は、昨年の10月20日に忽然と姿を消しました。
村にあるお社で、本当に忽然と姿を消したのです。
村の方も警察の皆様も息子を探してくださいました。けれど、手がかかり一つ出て参りませんでした。
息子が消えただろう地点で、警察犬は立ち止まり困ったように上空を見上げるばかりだったと聞きました。
息子の気配はその場で断ち切れてしまっているのです。

私の生まれましたN県の八乙女村は、昔から神隠しの伝承がございます。村の方も皆一様に神隠しだとおっしゃいました。そして「神隠しだ、諦めろ」と。
隼人はまだ9歳です。私のかわいい一人息子です。諦めることなどできるはずもございません。

藁にも縋る思いで、亡父の知己でありました小早川先生に相談いたしましたところ、滝川先生をご紹介いただきました。
滝川先生は、人探し、それも神隠しなどの超常現象が疑われる事案を専門にされている探偵だとお伺いしました。
息子の失踪が神隠しであるのならば、先生におすがりするほか、息子を助ける手だてはありません。

滝川先生、どうぞお願いです。一度、私の村まで着てはいただけないでしょうか。
そして、どうぞ息子をお救いください。


敬具  平岡佐和子

N県松嵜市八乙女村 
090―○○○○―○○○○」



「へぇ、人が良いと言うか、さすがマニアと言うか、それであんた、こんな朝も早くからN県くんだりまで出かけるつもりだったんだ?」

藍ねず地に黒の滝縞の袷にお決まりの墨黒の羽織と言う、この三月で見慣れてしまった着流しで神野がふらりと現れたのは、ちょうど行平が事務所を閉めて出かけようとしていた矢先のことだった。

「ありがとね」とダウンジャケットを返却してもらったのは、これから都心より寒いであろうN県に向かう身としては大変ありがたかったのだけれども。

レンタカーのハンドルを握りながら、行平はちらりと、助手席で我が物顔で依頼人からの手紙に目を通している神野の横顔を盗み見た。
「着いてったげる」と恩義せがましく嫣然と笑った神野を押し返せないままに、事務所を一緒に出てしまってから、早一時間が経過しようとしている。


「そう思うなら、着いてこなかったら良かったじゃねぇか。っつうかおまえ、学校とかないのか」
「あんたが俺のこと、何歳だと思ってんのか知らないけど、俺、学校なんて行ってないよ」
「……そうか」
「ちなみに、あんたより年上だけど。童顔なだけで」

さらりと発せられた台詞に、「はぁ?」と行平は声を裏返していた。そしてまじまじと神野の顔を見る。
外見だけならせいぜい小生意気な大学生くらいにしか見えなくもない。なにか達観したような感さえある態度から、もしかしたら20代半ばくらいかもしれないと思ったこともあるが、行平は今年で27だ。

ププッと後続車からクラクションを鳴らされて、慌てて行平はアクセルを踏んだ。いつの間にか青に変わっていた信号に、神野がわざとらしく片目を閉じた。

「冗談だって。って言うかさぁ、しっかり運転してよ、滝川サン。N県に着くまでに事故んないでね、お願いだから」
「だったら大人しくしてろ、このクソガキ」
「うわー、やだな。自分の運転ミス、人の所為にするとか。信じらんねぇわ」

苦虫を噛み潰した顔で行平は深々と溜息を吐き出した。
この男と出逢ってからと言うもの、幾度となく舌戦になったことはあるが勝てた記憶はほとんどない。

「っつうか、あんた、間違いなく小早川のじいさんに上手いことこき使われてんね。神隠し専門だなんだって持ち上げられて、それって結局、証拠の少ない面倒な事例押し付けられてるだけじゃないの」

行平たちの地元一帯を占めている調査事務所の所長の一癖も二癖もある顔でも思い出したのか、神野が口元を歪めた。それに行平はもう一度溜息を吐く。

「いやまぁ、なんつうか、適材適所なんだって」
「あぁ、あんたのあの“特技”ね」

鼻で笑った神野に行平は無言で応えて、ウインカーを出した。
高校を卒業して行平はすぐに警察官になった。思うところあって、警察を辞めたのは23の時だ。
その後2年ほど、小早川探偵事務所に世話になって経験を積み、自身の事務所を開業した。
閑古鳥が鳴く日々も続いたが、最近では食うに困らないくらいは依頼が入るようになってきている。

平成を20年も過ぎたこの時勢になっても、『神隠し』は存在する。

もちろん、本人の意思で綿密に計画を練ったうえで、家族の誰にも気づかれず失踪したものであったり、何らかの人為的な事件に巻き込まれた事例の方が数多い。
けれど人知を超えた行方不明事件が存在しているのも、また事実なのだ。


「おまえ、あっちに着いたら大人しくしてろよ?」

年に合わない着物姿がより一層怪しい雰囲気を醸し出しているように思えてならない男に、行平は無駄かもしれないと思いつつ、念を押す。
案の定、神野は心外だとでも言うように、肩をすくめただけだった。


***


八乙女村は、南信州に位置する人口五千人ほどの村だった。

最寄りのICを降りて、村に向かう一般道を行く。「思ったより雪ねぇな」と漏らした行平の独り言は、神野の呆れた瞳で流されてしまった。
南と付くだけあってN県の天気予報等でよく見かける光景に比べれば、格段に降雪量は少ないものらしい。

八乙女村で一番人口が過密しているところであるらしい市に隣接する村の玄関部分を通過して、依頼人が居住している山間の集落を目指す。
村に入ったばかりの頃は、新しい洋モダンの住宅も点在していたが、農道を上るにつれ、家屋は減り、白いものが舞うようになってきた。

慣れない雪のせいで、ハンドルに噛り付くようにして運転している行平を、神野は冷めた目で一瞥した後、

「なんか人より先に、猪とかにぶち当たりそうだね、ここ」

と呟いた。その気持ちも分からなくもない。まだ4時ごろであるはずなのに、車通りの絶えたこの道は、なんとも薄暗い。

「これ、積もんねぇだろうな……」
「だから大丈夫でしょ、さっきのおっさんもそう言ってたじゃん」

「まぁなぁ」と返しながら、行平はおそらく集落に辿り着く前にある最後の個人商店だろうところで道を教えてくれた店主の顔を思い浮かべた。

「このまま道なりに進んでトンネルを抜けたら、そこが玉響だ」との店主の言の通りであれば、そろそろトンネルが見えてくる頃合いだろう。
「玉響」と言う響きに首を傾げた行平に、店主はその集落のことだと告げた。
そして、人の良さそうな眉を下げて、「あそこは閉鎖的だから気を付けた方が良いよ」と忠告までしてくれたのだけれど。


「神隠し、ねぇ」

ぼそりと神野がその単語を口にしたのは、トンネルに差し掛かったときだった。
都心ではもはやお目にかかれない、電光の数の少ない昼間でも暗いだろうトンネルだ。

「おまえは信じてるのか?」
「神隠しを? さぁ、なくはないだろうけど、どうだろうね」

どこか吐き捨てるように言った神野の横顔を盗み見たが、暗い車内ではっきりとは分からなかった。

「あんたの好きな天狗だか神様だか関わってる場合もあると思うよ。今回のがそう言った類のものなのか、人為的なものなのかは知らないけどね」
「俺はべつに、好きなわけじゃねぇぞ」
「あぁ、そうなの? なんでもいいけど。俺は人知を超えた何かの存在を否定しないし、それが関わった神隠しがないとも言わない。
だから今回の件が、天狗か神様の悪戯ってやつで、あんたの出番だってなったら、楽しく見学させてもらうよ。でも」

そこでふっと神野は言葉を切って、トンネルの先に広がる、白んだ半円に視線を送った。あと少しで集落に入る。

「人為的な現象を神隠しだって言い繕ってるパターンは、俺は好きじゃないな」

トンネルが開けた。また吹き付けだした白いものをワイパーでそぎ落とす。遠くに雪をかぶった本棟造りの古い住宅が何軒か見えた。

「辺鄙な仲間意識が強くならざるを得ないような田舎の集落で、神隠しは発生することが多いよね」
「……天狗伝説や地域信仰は、田舎に多く残ってるからな」
「分かってるくせに、良い子な解釈してみせるね、滝川サン」

神野が喉で笑った。

「よそ者のこない土地で、子ども、あるいは若い女性が行方不明になる。犯人は誰だ? 突き詰めた時に、犯人が身内である可能性はどれほどのものなのか」

感情のない冷えた声だった。

「さわらぬ神にたたりなしってね。神や天狗、そんなものより、俺はよっぽど人間の方が怖いと思うけど」
「呪……」
「だからあんたも、せいぜい変な神様に祟られないように、気を付けた方がいいと思うよ」

にっと唇を吊り上げた神野に、行平は「おまえなぁ」と力なく呟いた。
力の入っていた行平をからかったのか、神野はくすくすと笑っている。

少女のように口元を覆ったまま、こみ上げてくる笑みを噛み殺している神野に、文句を言いかけて行平は口をつぐんだ。前方から人が歩いてきている。

この集落の人間だろうと辺りを付けて、行平は停車して窓を開ける。途端、吹き付けてきた粉雪に、行平は顔をしかめた。

「あのぉ、すいません! ちょっとお聞きしたいんですが!」

よもやこのトンネルを超えて麓まで歩いていくわけではないだろうが、厚手のブルゾンを着込んだ男はゆっくりとした足取りで車に近づいてきた。
視認できる距離になって、その男が想像していたよりもずっと若かったことに、内心行平は驚いていた。おそらく、さして行平と変わらない年齢だろう。

「――なに?」

不審そうに車内を覗き込んできた男の顔が、助手席を見て一瞬止まった。
その動揺に気が付かないふりで行平は、人当たりだけは良いと評される笑顔を浮かべた。

「すいません、平岡さんのお宅にお伺いしたいんですが。細かい場所を存じていなかったもので、ご存知でしたら教えていただけないでしょうか」
「平岡? あぁ、またあの人が呼んだのか。――もう少し走ったら、一際でかい家が右側に見えると思う。その角を曲がって少し上ったところにある家だ」
「ご親切にどうも」

愛想よく会釈した行平を通り越して、男の視線は神野に注がれている。

「なぁ、あんたら、また霊能者か祓い屋かなんかか? こんな言い方もどうかと思うけど、あの人の言うこと、あんまり鵜呑みにしない方が良いぞ」
「……それはまたどうして」
「あんたらみたいなのを、常識的な人間が呼ぶかどうかってことだろ」

言い切った男は、すっと車から離れて行った。その後ろ姿に、もう一度「助かりました」と声を放って、行平はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。

サイドミラーに視線をやった神野が「へぇ」とつまらなさそうに顎肘を着いた。袂から、白い腕がのぞく。

「閉鎖的な場所ってのは、その通りみたいだね」

遠ざかっていく景色に、行平も、ちらりと視線を送る。男は、どこに行くでもなく、行平たちの行く先をじっと見つめ続けていた。

お付き合いくださりありがとうございました!