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http://yzkak.namidaame.com/ [Honey**]


花の名前 ―滝川万探偵事務所始末記 序―《3》


【3】


「ここが平岡さん家ね、想像してたより大きい家だったなぁ」

そんな感想を述べながら、神野は、足下にうっすらと積もっている雪を蹴るようにして砂利道を歩いている。しゃらり、と神野が手にしている錫杖が音を立てた。

広い庭の隅にレンタカーを置かせてもらって、行平も神野の後に続く。
吐き出す息は白いものになってしまっていた。
行平は、こいつは寒くないのか、と、着流し姿の神野を見遣る。だが当人はといえば、雪が珍しいのか、すぐに軒先に向かわず、ふらふらと足を遊ばせていた。追い越しざまに、軽くその頭を小突いて、行平は軒端に立った。
頭とダウンジャケット、ジーンズに一瞬で降り積もった雪をはたいて、呼び鈴を押す。

「呪殺屋」

促すと、神野が小さく眉を跳ね上げながらも軒下に入ってきた。

「その呼び方しない方がいいと思うけど?」
「……神野」
「なぁに、滝川サン」
「おまえは俺の助手だからな」

玄関の引き戸を見据えたまま、宣言した行平に、神野は「はいはい」と半目になった。
その態度に不安を煽られ、再度念押ししようと隣に視線を送ったときだった。
一際強い風が吹いたわけでもないのに、しゃんと涼やかな音を神野が肩に掛けていた錫杖から生まれた。

「神……」
「あ……もしや、滝川先生でしょうか」

問いかけかけた矢先、引き戸が開いた。
姿を見せたのは、疲れた顔の女だった。長い髪を一つに束ねてはいるが、白いものが目立っている。
40半ばを過ぎているように見えるが、この女性を襲った不幸がそう見せているのだろう。顔立ちは整っていて、本来であれば、もっと美しさに目が惹かれたのだろうと思うと、一層哀れさが増す。

行平は神野に問おうとしていた台詞を引っ込めて、背の低い彼女に視線を合わせるように微笑んだ。そして丁寧に頭を下げる。

「はい、このたびはご依頼いただきありがとうございました。滝川万探偵事務所、所長の滝川行平です。――これは助手の神野です」

ぺこりと小さく神野も頭を下げたのを確認して、行平は不安な面もちで自分たちを見つめている女に、再度笑いかける。
女は取り繕うように小さな笑みを口元にだけ浮かべた。

「わざわざ遠いところを申し訳ありません。お寒かったでしょう。どうぞ中へ」

促され、中に入る。昔ながらの土間とかまちのある寒々しいほど広い玄関だった。
錫杖を当たり前の顔で神野が傘立てに突っ込んでいたが、彼女は小さく会釈しただけで、「どうぞ」とスリッパを差し出してきた。

足先から冷えそうな長い廊下を歩んで、通されたのは八畳ほどの和室だった。中央に重厚な木のテーブルと、座布団が四人分、敷かれている。

お茶を煎れて参りますね、と席を立った女――平岡佐和子の背に、神野が冷めた視線を送っている。
早々に足を崩して胡座をかいている神野に「どうかしたか」と小声で問いかける。

「いやべつに? 不幸ですって空気が、全身から滲み出てるなぁって思っただけ」

それはそうだろう、と行平はどうにもならない溜息を押し出した。
先日、電話で話を聞いた際、平岡佐和子は母一人子一人であったという。
四年前、夫と死別後、一人息子であった隼人を連れて自分の実家のあった八乙女村に身を寄せたものの、ほどなくして今度は自分の両親を病で相次いで亡くしているそうだ。

つまり、彼女はこの村で、二人身寄せあうようにしていきていた息子が消え失せ、一人きりになってしまっているのだ。


「あの、先生」

茶碗を乗せた盆に次いで、佐和子が持ってきたのはアルバムとサッカーボールだった。

「これが息子です。――9月に、町の小学校で運動会がありまして。その際、写したものです」

写真の中で、目の前の女性によく似た男の子が満面の笑みを浮かべていた。目の大きい可愛らしい少年だった。

「隼人くんですね、よく似ていらっしゃる」
「よく言われます。小さいころは女の子に間違われてよく膨れていましたけど……、すいません、関係のない話を」

目を伏せた佐和子に、いえ、と小さく行平は首を振って、佐和子の様子を窺う。けれど彼女は比較的落ち着いたそぶりで、息子が行方不明になった当時の状況を説明し始めた。

「お手紙にも記させていただきましたが、息子は――本当に、忽然と姿を消しました」
「この集落にあるお社で、とお伺いしましたが」
「はい。私の家の裏手に小高い山があるのですが。中腹に昔から『玉響さま』と呼ばれているお社があるんです。
そこに、小さな子どもが遊べる小広場のような庭があって、息子はよくそこに遊びに行っていました。あの日も」

そこで言いづらそうに佐和子は唇を噛んだ。

「……すいません。あの日も息子は遊びに行っていて、夜ご飯の時間になっても戻ってこなかったので、呼びに行きました。そのとき確かに息子は遊んでいて、ですが私が二、三分、目を離した間に、消えてしまったんです」

白くなるほど拳を握りこんで、佐和子は頭を振った。

「私は、悲鳴も物音一つすら聞きませんでした。不用意に足を踏み出して転がり落ちてしまうような場所に、息子がいたわけではありません。考えても考えても、神隠しに遭ったんじゃないかとしか考えられなくて――」
「平岡さん」

静かに呼びかけた行平を、佐和子は縋るように凝視した。

「私は小早川先生の下でお世話になっていた期間も合わせて、この四年の間に、五十件近いご相談をお受けしました。その多くが『神隠しなのではないか』と皆様が仰っていたものです」
「……はい」
「その中で、本当に人智を超えたものが介在したとしか判断できなかった事例は一例しかありませんでした」

佐和子が息を詰めたのが分かったが、言わないわけにもいかない。行平は落ち着いた声音を意識して語りかける。

「もちろん、それは私の判断で、の話になりますが。詳細は避けまずが、とある現象により、その一件を人為的な事件ではないと判断しました」
「あの、その神隠しは、……行方不明だった方は、無事戻られたのでしょうか」
「いえ」

行平はそこでつい言葉を区切ってしまった。けれど言葉を継ぐ。

「発見した時には、もう」

佐和子が口元を覆って俯いたが、下手に慰めるようなことも言えず、行平は言葉を濁した。

小学生の男の子だった。
遠足の最中に忽然と姿を消し、大規模な捜索が行われたにも拘らず見つからなかった。
行平が少年の亡骸を見つけたのは、その地の山深くにある小高い岩の上でだった。
子ども一人かついで上ることなど到底不可能な場所で発見された少年の遺体は、無残なありさまだった。

最悪の覚悟はしておいてほしいと行平が続けかけた瞬間、「ねぇ」とそれまで退屈そうに傍観していた神野が口を挟んだ。

「そのボールがさ、あんたの息子が最後まで触ってたものなんだよね」
「え……、はい。そうですが」
「ごちゃごちゃややこしい話止めてさ、とっととこの人に視てもらえば? どうせ小早川のじいさんから、うちの所長様の特技、聞いてるんでしょ?」
「神野」

窘めるように呼びかけると、神野が小さく肩をすくめる。
その神野の台詞に押されるようにして、サッカーボールを卓上に持ち上げた佐和子に、行平は頷いた。

「それをご用意くださったと言うことは、神野の言う通り、小早川の方から話を聞いていると言うことでしょうか」
「はい。あの……、先生は何か対象物に触れることで過去を視ることが出来るとお伺いしました。よくテレビなどでやっているサイコメトリーと同じだと」
「すべてが視える訳じゃありません。――そんなたいそうなものでもないですが」

対象物に触れることでその物に残っている思念や記憶を読み取ることが出来る。それが神野の言うところの行平の『特技』だった。

「百聞は一見に如かずってね。信じるか信じないかは、あなた次第だ」

神野が言うと、なぜかものすごくインチキ臭い。行平は出来る限り佐和子の眼に誠実に映るよう表情を取り繕った。

「お借りします」

指先に神経を集中させて、サッカーボールに触れる。瞬間、電流が流れ込むように残像が頭の中を駆け巡った。

写真の中で見た男の子が遊んでいる。
小さなお社のある――きっと玉響さまのお社だ。少年を呼ぶ声がして、少年が振り返る。
佐和子だ。怒った顔の母親に何か叱られて、少年がむくれた。母親は、拗ねた息子に背を向けて、昇って来たばかりの獣道を下ろうとする―――。

映像は、何かに遮断されたかのようにそこでふいに途切れた。肝心の場面をこのボールが記憶していないのは、何故か。

「すいません」

行平は情報が流れ込んできた頭を緩く振って、隼人少年が居なくなった瞬間は視えなかったと佐和子に告げる。

「――ですが、視えなかったことで、この件が人智を超えた力が介在する神隠しで会える可能性が強いと私は思いました」

例えば、殺人事件の被害者が、その瞬間身に着けていたものに触れば、行平ははっきりとは分からなくとも、犯人の姿が見える。最期の瞬間を遺留品は記憶している。
今まで関わった事案の中で、ぷつりと気配が途切れたかのように映像が切れてしまうのは、人知を超えた事柄であることがほぼだった。

「明日、お社に行ってみようと思います」
「……どうぞよろしくお願いいたします」

深々と頭を下げた佐和子から滲み出ているのは、後悔なのだろうか。
無意味かもしれないと思いながらも、行平は佐和子に柔らかく笑いかけた。

「あなたのせいじゃ、ないですよ」

佐和子の肩が小さく揺れた。

「あなたが目を離したからじゃない。あなたが悪いわけじゃない。大丈夫です。私も力になります」

佐和子の肩が再度大きく揺れた。そして嗚咽交じりの声が落ちる。
自分自身に言い聞かせるように「大丈夫」と行平は優しく繰り返した。
自分にできることは全力で尽くすと、いつだってそう決めていた。

それは、いきなり大切な人を見失ってしまった被害者家族だけではなく、行平自身のためでもあったのだけれど。

お付き合いくださりありがとうございました!