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花の名前 ―滝川万探偵事務所始末記 序―《5》


【5】

行平が初めて呪殺屋の噂を聞いたのは、三ヶ月ほど前のことだった。

警察を辞めて、自暴自棄になっていた行平に声をかけ、「おまえの特技は、この仕事で役に立つよ。人の為になるよ」と諭し、今の生業へと導いてくれた小早川所長に、行平は確かな恩を感じている。
その小早川に、「最近おかしな噂がある」と相談されたのだ。

街にまことしやかに流れ出した噂、それが「呪殺屋」だった。
女子中高生の間で広まった都市伝説の類だと思われていたそれは、いつしか街中に、とある信憑性を持って流布しだしていた。
錫杖を持った法衣姿の、若い男。
彼に頼めば、憎い相手を呪い殺してくれる。
眉唾ものの都市伝説に、小早川が腰を上げざるを得なかったのは、理由があった。

この街に根を張っている大物代議士である蓑原源一郎のドラ息子が、一月ほど前から原因不明の病で倒れているそうなのだ。
高名な医者を巡っても民間療法を頼っても、一向に良くならない。息子は譫言のように「痛い痛い」と繰り返し続けているらしい。
そのドラ息子は、親の権力に頼って、好き放題女遊びを繰り返していた。玄人だけでなく、素人の子どもにも手を着けていた。
そして怒る被害者の親の元に、代理人が見舞金をもって現れる。権力を傘に、静かに恫喝していく男に、被害者は泣き寝入りを強いられてきていた。

そして、これは「呪い」だ。「呪殺屋」が力を貸したのだと、一気に噂が広まり、蓑原がその噂の審議を正すべく嗅ぎ周り始めたのだった。

「たとえ呪いだとして、自業自得だと思うんだけどな」見放した顔で苦笑して小早川は続けた。「だがなぁ、俺の庭を荒らされるのは気に食わん」
呪殺屋について調べてほしい。

そう請われた翌日だった。霧雨の中、行平は、あの男を拾った。


**


佐和子が言った通り、平岡家の裏手の山にはお社まで続いているらしい獣道があった。お社まで、大人の脚で10分ほどだそうだ。

昔から地域に根ざしているその社を、この集落の人間は「玉響さまのお社」と呼び称している。集落の外の人間がこの集落をさして「玉響」と呼んだのは、その影響だろう。

獣道は昨夜降った雪で10センチ弱の積雪があった。今は降りやんでいるが、雪に無縁の土地で育った行平にはたまらなく凍えて感じる。おまけに足下が不安で、やたらとゆっくりした足取りになってしまった。
そんな行平を置いて、着流しに下駄という自分よりよほど歩きにくそうな格好のくせに、神野は錫杖を杖代わりに、さくさく山道を進んでいる。

昨夜なかなか寝付けなかった行平が、今朝目を覚ましたときには、神野はもう身支度を整えた後で、何事もなかったかのように「おはよ」と笑いかけてきたのだった。
聞きたかったことがあったはずなのに、上手く言葉にすることが行平は出来なかった。

目の前を行くしなやかな背中から、視線を逸らすようにして行平は、ままならない溜息をこぼす。
そんな行平を後目に、一足先に目的のお社を視界に納めたらしい神野が「へぇ」と小さく声を上げた。

「ここの信仰は根深いんだな。神気が強い」

その言葉に、行平も最後の一歩を踏み出して、神野の隣に立った。それは隼人少年が残していったサッカーボールから伝わってきた風景と、まったく同じだった。
切り立った斜面を背に、古びたお社がある。そして少年の遊び場であったのだろう、少し開けた円形の小広場。
その足跡一つない銀世界に、ためらうことなく神野は踏み込んでいく。

「神気って、そんなの分かるのか」
「なんとなくね、空気が澄んでるでしょ」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ。田舎の土着信仰は、根強いからね」

神隠しの伝承が今でも残っている村。集落の外部の人間から見れば、ひどく滑稽に映るのだろう。

「『玉響』さま、か」

呟いた行平に応えるように、神野がくるりと振り返った。

「調べてきたの?」
「はっきりとは調べられなくてな。こっちに早く着くのを優先したのもあるし。……この社を管理している方に話を伺えれば一番いいんだけどな」
「滝川サンさぁ、猪って言われない?」

呆れた顔をして見せた神野に、行平は言い訳がましく「田舎の信仰は現地の人に聞くのが一番確かなんだよ」と言ってみたが、神野はわざとらしく肩をすくめただけだった。

「あんたの言うところの地元の方ってのが、本当のことを話してくれるんならいいけどね」
「なんでそうおまえは捻くれてるんだ」
「あんたが、むやみやたらに盲信したがってるだけ……――」

そこで不意に、神野の台詞が途切れた。自分の背後に注がれている視線を辿って、行平は登ってきたばかりの獣道に首を巡らす。
視界に見覚えのある人物が飛び込んできた瞬間、神野が「うわ、ストーカー」と呟いたのが耳に入って、危うく行平は吹きそうになった。

慌てて表情を引き締め直して、声をかけようとしたのだが、山道を上がってきた男は、うんざりとした表情を隠しもしないまま、行平たちを一瞥した。昨夜、トンネル付近で言葉を交わした男だ。

お付き合いくださりありがとうございました!