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お隣さんの妹がいろいろとひどい

ここ最近。と言うか、正月帰省から戻ってきてからのこの1週間。またしても真白が挙動不審だった。
さて、と慎吾は考えた。
いや、この前みたいな俺を避けてるとかとはちょっと違うんだよなぁ。なんて言うか。

そこまで考えを巡らして、慎吾は思わず「ないないない!」と自分の思考を速攻で否定した。
急に自分が発した独り言に、ぼーっとベッドにもたれ掛かっていた真白がぐりんと視線を差し向けた。

「いやごめん。なんでもない」

へらりと笑って、無意味に鍋の中身をかき回す。
いぶかしげに自分の背中を見つめている視線に気づいてはいたのだけれども。
数分、どうしたものかと唸ったものの、結局慎吾は火を止めた。

「なんかおまえ、ものすごい挙動不審」

いや、それこそおまえに言われたくない。そう思いながらも、慎吾はもう一度へらっと笑った。

「ちょっとごめん。電話してくる」
「……おぉ」

その返事を背中で聞いて、慎吾はそそくさと真白の部屋を出た。
途端、寒い真冬の風が顔面に吹きかけられたのだけれども。

なんて言うか。
慎吾はスマホを取り出しつつ、軽く頭を傾げた。
そう。なんというか。真白が、自分を変に意識しているような気がしてならないのだった。


【お隣さんの妹がいろいろとひどい】


「はいはーい、なにー?」

と言いつつ、自分からの電話を待ちかまえていたっぽい含み笑いに、慎吾は確信した。この子だ。間違いなく、この子だ。

「あの、かなちゃん?」
「だからなにー? って言ってるのに。どしたの、慎吾くん」
「どしたのじゃないです。あのね、かなちゃん。……真白になんか余計なこと吹き込んだでしょ」

ずばり聞いてみたそれに、電話先の相手が、けろっと笑った。

「って言うか。慎吾くんこそ、あたしに言うことあるんじゃないの?」
「いや、……うん。その、ちょっとだけ進展したようなそんな気がしてなくもない、です」
「なんでそこで当事者がそんな弱気なの」

ちょっと慎吾くん大丈夫ー? と笑われたとしても、だ。こうはっきりと「付き合ってるんです」と言い切れない微妙さは慎吾の中に残っていたりする。

「まぁ、慎吾くんがさ、そんなんだから、ちょっと私が遅めのクリスマスプレゼントと言うか、お年玉と言うか」
「だからなにしてくれたの、かなちゃんは」
「そんな不機嫌そうな声出さなくていいじゃん。ひどいなぁ、慎吾くん。お兄ちゃんには滅多にそんな声出さない癖にぃ」

かなちゃんにだって滅多に出さないっての! だってしろが煩いから! と。
結局のところ、とある一人のことしか考えていない言い訳を内心で愚痴りながらも、「だからなんなの」とそれでも声色を和らげた慎吾に、返ってきたのは間違いなく慎吾的には爆弾だった。

「だから。ちょっとだけ慎吾くんが可哀そうかなぁって思った心優しい私がね、お兄ちゃんに『そっち戻ったら読んでね、私チョイスだから。感想も聞かせてね』って、ゲイのハウツー本っぽいやつあげただけ」
「ちなみに、なんで?」

と言うか、なんでそんなもんを買ってるんですか、あんた、とか。兄貴のプライド的なものを考えてあげなかったんですか、とか。
色々と尋ねたいことはあったけれども、とりあえず、本人の弁を聞こうじゃないか。

そう考えた慎吾の気遣いは、「喜ぶと思ったのになぁ」と言う、妹のように可愛がっていたはずの幼馴染みの台詞で粉砕された。
間違いなく真白の血筋だ。こう、なんと言うか、微妙に気遣いがずれてる感じが。
脱力しかけながらも、とりあえず信吾は「喜ばないから」と言ってみる。

「って言うか、なんで俺が喜ぶと思ったの、かなちゃんは」
「えーだってぇ、どうせ慎吾くん、お兄ちゃんにそう言う話、振れないんじゃないかなぁと思って」
「振りません。つか、そんな話いきなり振らないから! かなちゃん、いい? 何事にも順序ってもんが、」

そこではた、と、言葉が止まってしまったのは、開かないはずのドアが開いたからだった。
通話口を押えたまま振り返ると、大変不本意そうな顔の真白が立っていた。

「あれ、どしたの?」

あの出不精が、まさかわざわざ出てくるとか想定外過ぎるから。
「ちょっとー? もしもーし?」とまだ声が聞えてくる電話に何の反応も返さないまま、慎吾はぶちっと通話を打ち消した。

「今の、かなみ?」
「え? いや、……そうだけど」
「なんで一瞬誤魔化そうとしたんだ、おまえ。俺にばれたら疚しいことでもあるんじゃねぇだろうな」

妹に対して嫉妬しているわけでは、断じてない。瞬時にその見解を出してしまった自分の脳みそを恨めしく思いながら、「ないない、あるわけない」と慎吾はげんなり首を振った。
「ならいいけど」と思ったより早く退いたシスコンに、あれ? と慎吾は思考を馳せた。

「……しろ?」
「なんだよ。べつになんでもないんなら、なんでもないから」
「なんか理由が理由になってないけど。っていうか、しろ。あの……、気にしなくて、いいからね?」

なにをと言わずにそう言ってみたのは、真白の目が何故かどうも泳いでいる気がしたからだ。
結果、滅多に表情を変えないはずの真白の顔が、赤くなると言う珍事を目撃したわけだけども。
それをへぇ珍しい、としげしげと眺めているうちに、正気に戻ったらしい真白がぎっと自分を睨みあげて、そのまま自宅のドアをバタンと閉めた。
ご丁寧に鍵をかけた音まで聞こえるに至って、慎吾はさすがに焦ってドアを叩いた。

「え、え? なに、って言うか、ちょっと、真白! この寒い時期に締め出すのは止めて欲しいんですけど!」
「知るか、そんなもん! おまえの家帰れ、おまえの家!」
「そんなこと言われても、俺の鞄、おまえんとこだし!」

ドアの向こう側が黙り込んだと思った瞬間、ドアが開いて鞄を投げつけられた。そしてまた瞬時に閉められかけたドアに、慎吾は根性で左足と指とを挟みこんだ。年がら年中ぼーっとしてる真白に負ける筋力はしてないはず、だ。
地味な均衡の後、内部に張り込んだ瞬間、1週間分の体力は使い果たしましたと言わんばかりに真白が頭を抱えて玄関先でしゃがみ込んだ。

「あの、真白?」
「――のせいだからな」
「え、なにが?」

誰が聞いても優しいと称するだろう声で、促してみた慎吾に返ってきたのは、

「おまえのせいで、かなみが変な趣味に走ったじゃねぇか!」

と言う、微妙に論点のずれたそれだった。

「えー……と、それって、あれ?」

どれだ。と、そう、我ながら思わなくもなかったのだけども。
言われた当人は、そんなことに頭がいかないくらいにはいっぱいいっぱいだったらしい。

「そもそも、いやっ……! いや、おまえのせいじゃないけど。でもなんつうか……、なんつうか、あれなんだよ」
「だから、どれよ」

いや、分かるけど。大体言いたいことは。
頭を掻きむしりながらも、だんだん落ち着いてきたらしい真白が、なんだか聞いているこっちまで物悲しくなりそうな溜息を吐いた。

「……かなみが、変な本、贈ってよこしたんだよ」
「あー……、うん」
「あぁって、まさかおまえの差し金じゃねぇだろうな」
「いや違う。違うからね。でも、いや、今の電話で俺も初めて聞いたと言うか、なんと言うか」

いっそ俺の差し金だってした方が、ダメージ少なかったかなぁ、と思いつつも、慎吾は「とりあえず寒いからね」と言い繕って、しゃがみ込んでいるのをカーペットの上まで誘導してやる。
放っといたら、この場でふて寝しかねない。

「なんでかなみが」とか、「そもそもあいつは俺のことなんだと思ってんだ」とか、ぶつぶつ言ってるのを全力でスルーして、慎吾はとにかく夜ご飯で誤魔化してみようと、出来上がったものをテーブルに並べてみた。


なんとなく頭が痛いのを堪えながら、脳内だけで真白の妹に物申すことにした。現実には、たぶんきっと自分はやらないだろうけども。
いやだから、物には何でも順序ってものがあるわけで。こう見えて俺も一応考えてるわけでしてね。
そんなことを思案しながら、視線を真白に戻すと、微妙な顔で、もそもそスプーンを動かしていた。

「あの、しろさん」
「……なんだよ」
「美味しいんだったら美味しそうに食べてくれたら、嬉しいなぁと」
「いや、……美味いけど。っつか、おまえさ」

いやいや結構な仏頂面ですよ、と思いつつも、「なに?」と受け入れ態勢万全な笑みを浮かべる。
向けられた相手は、神妙な顔のままだったけれども。

「俺と、そう言うことしたいの?」

想定していたよりもずっと直球で聞かれたそれに、慎吾は内心苦笑を零してしまっていた。
ここで「それってなに」って、聞き返すのは意地悪なんだろうなぁ。

「そうだねぇ。したいと言えば、俺はたぶん、結構前からずっとしたいよ?」
「……そうなのか」
「まぁでも。今すぐにどうのこうのしたいとは思ってないし、ゆっくり気長でいいかなぁって思ってるけど」

嫌なことは後回し、じゃないけれども。
「だから気にしなくていいって言ったでしょ」と駄目押しで笑いかけると、真白は安堵半分不満半分みたいな顔をした。

「それでおまえ、いいのか?」

ここで良くないって言ったらどうすんだよ、と、半ば呆れながらも、幼馴染みが見せたその気遣いがこそばゆかったのも事実だ。
だから、慎吾は自然に微笑った。

「いいんだって。俺は真白のペースでのんびりしてるの、結構好きだし」
「そうか?」
「うん、俺はそう思ってるけど」

そう告げると、真白は納得したように表情を緩めた。
いそいそと嬉しそうに頬張り始めたのを確認して、慎吾は最後にちょっと一つだけ聞いてみようかなぁと目論んだ。

「あのさ、しろ。おまえ、かなちゃんに本の感想、なんて言うつもりなの?」

瞬間、地味に真白が固まった。そして、視線を微かに逸らしながら、

「マジ痛そう」

と大変嫌そうに呟いた。

「だよなぁ」と慎吾は思った。
こいつ、痛がりの怖がりだからなぁ。

男同士のセックスとか痛そう、とか。無理そう、とか。
そう言う概念を持たせたくなくて、あれだけ盛大に隣の部屋で喘ぎ声を聞かせてみたと言うのも、実は無きにしも非ずだったのだけれども。

……かなちゃんめ。
余計なことしくさりやがって、と脳内で愚痴りつつ、なかなか先は長いなぁと、慎吾は口元を緩めた。
なんというか、面倒なのに、どうしようもなく幸せだ。

【END】

お付き合いくださりありがとうございました!
一応ここから第二部です(*´ω`)