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隣との距離

「お兄ちゃん、慎吾くん、お帰りー」

満面の笑みで出迎えてくれたかわいい妹に、真白は「ただいま」と相好を崩した。あぁもうマジかわいい。実家最高。

「……おまえ、ホントかなちゃんの前だけではでろでろだよね」
「当たり前だろ、そんなもん」

疲れたような慎吾の台詞をズバッと切り捨てて、真白は半年ぶりの実家に足を踏み入れた。
「ですよねー、でもその愛想をちょっとくらい俺に向けてくれてもいいと思うんですけどねー」とぶちぶち零しながらも、慎吾は隣の自分の家ではなく、真白の家に当たり前の様に上り込んできた。

「相変わらず仲良いねぇ、お兄ちゃんたちは」

そんな風にけらけら笑う最愛の妹を視界に収めながら、真白は少しだけ、今の自分たちの関係を顧みてみるのだった。

何故かクリスマスは男二人でだらだらと過ごしてしまったんだよなぁ、と真白はぼんやり回想する。
自分の部屋で慎吾が作ったちょっと豪華な料理を食べて、「たまにはこんなのもいいよね」とケーキを買ってきてみたり。
真白としては、この時期のやたらと人の多い街中は大嫌いなので、部屋でぐだぐだしているのは大歓迎だったのだけれども。
自分の顔をにこにことやたらと幸せそうな笑顔で見つめている幼馴染みは、果たしてこれでいいんだろうか。

なんかこう、誰かと遊びに行ったりとか、飲み会したりとか、そう言う賑やかな方が好きなんじゃないんだろうか。
そう問いかけてみたところ、返ってきたのは、

「いやだって、俺は真白が一番だって言ったじゃん」

と言うそれだったのだけれども。


【隣との距離】


「かなちゃん、大掃除するんだったら手伝おうか?」

まるで自分の家のように提案したのは慎吾だったが、これも昨年までは城崎家では恐ろしいことにごく自然の光景だった。
今一つ共働きの両親の代わりにあれやこれやをしようと言う気のない城崎兄妹を、昔から上手いこと操縦しているのは、この幼馴染みだ。
「そうだよねぇ、一応あたしの部屋はやったんだけどねぇ」とのほほんと笑った妹を、かわいいなぁと思いながら、同時にどんだけ兄妹そろって世話になってんだ、とは一応思った真白だった。

「いいよ、どうせ明日、母さん張り切ってやるだろうし。おまえも一回、家、顔出しといたら?」

その台詞に、「そう?」と慎吾が首を傾げた。意外だったらしい。
そりゃ、今まで何年も我が家はお世話になりまくってましたからね、と、ちょっとだけ反省しつつ、「後でそっち行く」と真白は手を振った。

大晦日に二家族一緒に紅白を見て、そのまま子どもたちは近所の神社まで初詣に行く。本当に小さいころから繰り返し続けている年末年始の光景だ。
もうずっと、一緒にいるんだよなぁ、と改めて真白は思った。それって結構すごいことなんだろうなぁ、とも。

「じゃあ、またあとでね」

かなちゃんも、と、笑いかけながら、慎吾は真白の頭を撫ぜてから、姿を消した。
その背が消えた方向をなんとなく追ってしまった真白に、妹はなんとも言えない視線を向ける。

「お兄ちゃんたち、なんか、また仲良くなった?」

それはまた、えらく遠回しな表現だな、と思いながら、「普通だけど」と真白は応えた。
その普通が、どんな普通なのかはいまいち分からないんだけれども。

慎吾が自分を特別だと思っていてくれるのなら、良いかなぁと思った。

我ながらものすごい流されっぷりだなぁ、と自覚しながらも、でも良いんだと考えてしまうのは、隣にいる、一緒に過ごすと言うことが当たり前すぎるからだった。

そこにあるプラスアルファの感情が、慎吾と同じものなのかと問われると、「どうなんだろう」と一瞬悩んでしまうかもしれないけれど、でも、真白にとっても慎吾はどこまでも「特別」であることは間違いなかった。


***

「お兄ちゃんの駄目なところはね、決定的に言葉が足りないところだよ」
「そうか?」

そんなつもりは、あまりなかったのだけれども。そんな不満が顔に出ていたのか、「そうなんだよ」と妹が激しく首を縦に振った。
そんな主張しなくても、と、真白は久しぶりの炬燵に幸せを満喫している頭でぼんやり思考する。
一人暮らしの部屋は、慎吾の「炬燵なんて持ち込んだら、しろはそこから動かなくなる」と言う一言で却下されているから、本気でこの冬初めてだ。まぁ確かに、動かなくはなる。

「慎吾くんは甘いからなぁ」と、妹はなぜか申し訳なさそうな溜息を洩らしている。
そしてさらに謎なことに、幼馴染みが帰った居間で、真白は妹に説教されていた。
と言うか、なんでこんな話になったんだ。

「じゃあ、例えばさ、お兄ちゃん」

可愛らしく小首を傾げた妹は、「あたしに彼氏がいたとしてさ」と言った。

「俺、そんな話、一言も聞いてないんだけど」

思わず低くなった真白の声に、「だから例えばって言ってるじゃん」と妹はけろりと笑う。

「例えばだけどさぁ、いたとしてね? で、あたしはその彼氏がすごい好きなんだとして」
「……おう」
「もぅ、例えばって言ってるのに、難しい顔しないでってば。お兄ちゃん、そんなんであたしが彼氏連れてきたらどうすんの」

呆れきった問いかけに真白は黙り込んだ。考えたくもない。いや、かなみは可愛いから、それはもう可愛いから、いても何らおかしくはないんだけども。
変な奴だったら、許さない、と言うか、自分がふてくされて拗ねる未来が簡単に想像できてしまった。そしておそらく慎吾に八つ当たりするだろう未来も。

「話進まないからそれは置いとくねー。それでさ、あたしはちゃんと「好き」って言ってるのに、その男がなんも言葉にして言ってくれてなかったら、あたしはどう思うと思う?」
「おまえ、そんなの絶対やめとけよ。そんなん、確実におまえが不安になって寂しくなるだけなんだからな」

速攻で言い切った兄に、妹は渋い顔をする。

「だったらさぁ、お兄ちゃんは恋人が出来たとして、ちゃんと愛情表現するんだね?」

言葉でね、しっかりとね、と問重ねられて、真白は「あれ、そう言えば」と思った。
そもそも、俺と慎吾って、今、なんなんだろう。付き合おうとか言ったっけ。好きだとか言ったっけ。そもそも俺、慎吾に対して何を言えばいいんだ。
あれ、と再び悩みこんだ真白に、「お兄ちゃんに恋人が出来たとしても、相手が苦労しそうだなぁって思って」と言い放った妹の台詞は、地味にぐさりと突き刺さった。

「するだろうな」
「だよねぇ。前のお兄ちゃんの彼女さぁ、全然相手してくれないしつまんないって言ってたもんねぇ」
「なんでおまえがそんなもん知ってんだよ」

まさか情報源、あのあほじゃねぇだろうなと幼馴染みの顔を思い浮かべてしまったのだけれども。妹は全然気にしたそぶりを見せず、

「何も言ってくれないし、何考えてんのか分からないから嫌だ、とも言われてたねぇ」

とさらりと続けた。

なんで知ってるんだ、とちょっと気にしながら、そう言えばそんなことあったなぁと真白は記憶を手繰ってみた。
何年前の話なのかいまいちはっきり思い出せないし、その言った相手の顔もあやふやだ。
そのあと慎吾に愚痴った記憶はあるんだけどな。
「俺は、しろの考えてること分かるし大丈夫だよ」と笑われて、「ならいいか」と思ってそれで終わらせたんだった。
うん、そうだよな、と真白は一人頷いて、「大丈夫」と妹に請け負った。

「たぶん、出来ても今の奴は、大丈夫。分かると思うし」

言い切った真白に、妹は微妙な顔で微笑った。

「お兄ちゃんが考えてること、本当に伝わってるかなんて、どっちにも分かんないよ?」

それに、直接言われたら安心するし、嬉しいでしょ?
駄目押されたそれに、思い浮かんできたのは、「誰よりも、一番特別に、好き」と言った慎吾の声だった。
すとん、と、もう今まで悩んでいたこと全部がどうでもいいような気分になって、安堵した。
この腕も、体温も、自分だけのものだと思えることに、満足した。
言葉にすると言うのは、そう言うことなのか。
妹の言うことに一応の理解はできたのだけれど、でもなぁ、と真白は思った。

俺は、慎吾にどう言えばいいんだろう。

***

地元の神社と言っても、それなりに人手はある。
寒い夜道を3人で歩いて、境内に向かっていると、慎吾が言った。

「あの寒がりで面倒くさがりのしろが、こんな人込みの寒い中、外にいること自体が希少だよねー、よくよく考えると」

俺もそう思う。と真白は心底同意した。
が、そもそも昔から、慎吾と、と言うか可愛い妹が「3人で行くの! 3人で!」と主張した結果のお付き合いな気がしないでもないのだけども。

その妹はと言うと、「本当だよねぇ」とけらけら相槌を打ちながら、携帯を操作している。この風習をつくった張本人の癖に、今年は友達と参拝したいと言い出したのだ。
まさか彼氏じゃないだろうな、と疑った真白だったが、一緒に行って、返りも待ち合わせて一緒に3人で帰ることを約束させて了承した。

兄の健気な気遣いは、妹に「報われないねぇ」と失笑されただけで霧散してしまったのだけれども。

「じゃ、友達と回ってくるから! またあとでね」

境内の石段の近くに集まっている集団に向かって言った妹が、無事合流したのを見送って、真白はなんとなく隣を見上げた。

「どうする? 中、入る?」
「どうするって、ここまで来たら、入るしかないだろ」

いくら人が多いからと言って、何もないところで小一時間待っているのもあほらしい。けれど慎吾は何でもない事のように笑っただけだった。

「しろが人込み嫌だったら、全然ここで待ってるんでもいいよって思っただけ」
べつに俺もそこまでお願いしたいこともないしねぇ、と夜を見上げながら、慎吾が手を差しだした。
「……なに」
「だって、人多いし。それに繋いでたら、ちょっとは暖かいかもよ」

平然と言われたそれに、真白は「自分のポケットに突っこんでた方が暖かい」と首を振った。ちょっと前なら、そうか、と何も考えず手を繋いでいたような気もするけれど、なんだか今は、気恥ずかしく思えた。
幼馴染みはと言えば、「そう?」と気を悪くした風でもなく笑って、「じゃあ隣歩いてるからぼーっとしててはぐれないでね」と言った。

これだけ人が多い夜って、そんなにないだろうなぁ、と全く参拝とは関係ないことを思いながら、真白は賽銭を投げた。隣で慎吾が目を閉じてしっかりと手を合わせている。
真白も慎吾にならって手を合わせる。次から次へと人が押し寄せてくるから、そこまで悠長に考えてもいられない。

……まぁ、今年も、平凡な毎日が良いよなぁ。
と若者らしくないことを願いながら、手を叩く。顔を上げると、慎吾の横顔が目に入った。もう一度、真白は小さく手を合わせ直す。
「もういい?」と慎吾の声が耳元で聞こえて、うんと真白は頷いた。そのまま慎吾に腕を引かれて、列から離れる。

「あ、かなちゃんたち、除夜の鐘の列に並んでる」

その声に、左前方に視線を送ると、鐘を打ち鳴らす行列に加わっていた妹もこちらに気が付いたのか、小さく手を振ってきた。
それに手を振り返して、また人波に乗って慎吾と歩き出した。人手がすごいのに、あんまりしんどくないな、と思って、あぁそうか、と合点がいった。

慎吾が歩きやすいようにしてくれてるんだな。
いつもこうやって、自分が意識さえしていないようなところで、ずっと慎吾は気を回してくれている気がする。

「慎吾」

呼びかけると、「ん?」と幼馴染みが首を傾げた。

「疲れた? もう外で待ってよっか?」
「いや、そう言うわけでもないんだけど」
「そう? でも俺も疲れたし、石段降りたとこで待ってよっか」

はい、決定、と慎吾が笑って、帰宅者の波に移動していく。宣言通り人込みが比較的マシになってきたところで、脚が止まった。
「なんか飲み物買ってこようか」と問いかけられて、「いいよ」と真白は首を振った。なんでもかんでもやってもらうのはさすがに気がひける、と言うか、何でもやってくれるから慎吾と一緒にいたいわけじゃない。

寒いねえ、と歩道を通り過ぎていく人影を追いながら、慎吾が笑った。

「しろはさ、なに、お願いしたの?」
「べつに……、いつも通りだけど」
「いつもって、あれだよねぇ。今年ものんびりできますように、でしょ」

それだけではなかったけれど、と幼馴染みの笑顔を見上げたまま、思いながら、「慎吾は?」と真白も問いかける。
と、慎吾は少しだけ照れたように視線をさ迷わせた。

「俺は、今年は、あんまりしてないんだ、実は」
「……なんで?」
「去年、幸せいっぱい貰ったから。なんか十分だなぁって」

そう口元をほころばせた幼馴染みの手を、気づいたら真白は握っていた。
「しろ?」と不思議そうに慎吾が繋ぎ合わされた手元を見下ろしている。冷たい指先が絡む。

「俺は」

いいだした癖に、言葉に詰まった真白に、慎吾は優しく笑いかける。
「なに?」その声は、どこまでも優しい。ずっと近くにあればいいなと思った。同じような何かを返せられているのかな、とも思った。

「俺は、慎吾が今年も一緒にいてくれたらうれしいって、そう、今年も参拝してきたけど」

どこまでも自分に甘い幼馴染みは、虚を突かれたような顔をした後、「そっか」と愛おしそうに破顔した。「俺もだよ」

俺は同じような顔をできてるんだろうか、と真白は思った。
どうか今年も一緒にいられますように。
そうだったら、それだけで、たぶん幸せな年なんだろう。

ほんの少し関係性を変えた幼馴染み2人の上で、新年の月が光っていた。

【END】

お付き合いくださりありがとうございました!
気持ち的にはこれにて第一部完結です(*´ω`)