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嘘吐きな恋人《5》

「千沙、城井くん来てるよ」

朝起きて居間に顔を出した瞬間、掛けられた兄貴の声に、もともと睡眠不足気味でぼーっとしてた思考が若干停止した。

「マジで?」
「マジで。約束してたんなら早く用意してあげたら? 上がって待ってるって聞いたんだけど、外で待ってるんで大丈夫ですって遠慮しちゃったみたいだし」

そうか、もう3日経ったんだな。
でも朝飯は食ってけよと言う兄貴に、悪いけどいいやとだけ返して部屋に鞄を取りに戻る。
制服のズボンにケータイを突っ込みながら時間を確認すると、まだ7時半だった。うちの家から高校までは15分もあれば余裕で着く。早く来すぎだろ。

自室の窓からはちょうど軒先が見える。外に視線をやると、塀にもたれかかっている背の高い人影が見えた。しろだ。
視線に気づいたのか、偶然だったのか分からないけれど上を見上げたしろとふいに目が合った。

なんとなく逸らしかけた俺と違って、しろはにこっとそれこそ心底嬉しそうに笑いかけてくる。
それにうまく応えることは出来そうになくて、窓に背を向けて部屋を出る。

玄関に向かう途中で、昼はちゃんと食えよと兄貴の声が追いかけてきた。
適当にするからと声だけ放って、玄関のドアノブに手をかけた。ひねる前に一度軽く目を閉じた。切り替えるように。


「千沙」

いつドアの前に移動していたのか、開けた瞬間、しろの顔が目の前にあった。
会えて嬉しい、でもごめんね。
そんな感情をものすごくうまく乗せた表情をつくれるのは、もはやしろの特技だと思う。

「ごめんね、千沙。おはよう。……まだ、怒ってる?」

台詞も想像通りだったけど。溜息ひとつで「怒ってねぇよ、もう」と答えてしまう俺も大概いつも通りだ。

いつも、通り。
なかったふりして元通り、何度も繰り返してきた、それだ。

しろを軽く押しのけるようにして歩き出した俺の隣に、自然にしろは並ぶ。そしてそれもごく当たり前のように手を絡めてくる。やめろ、と解こうとするとしろは不思議そうな顔をする。

「誰が見てるか、分かんねえだろ」
「そんなの今更だと思うんだけど。……いや?」
「だから、……」
「3日ぶりだし千沙に触りたい、一緒にいたい」

その原因はなんだったんだと問い質す代わりに、癖になりそうなため息を吐く。どうせ俺に会わなくたって、好きに遊んでたろ、おまえは。

「俺は毎日でも1日中でも、ずっと千沙と一緒がいいのに」

それはだから俺は我慢したんですとでも言いたいわけか。

「ねぇ、千沙、駄目?」

しろが立ち止って覗き込んでくるのを、ただぼんやりと見上げた。結局振りほどけないままだったから、そうなると俺も止まることになる。
「千沙」ともう一度、これもまたしろお得意の甘い声で名前を呼ばれて、根負けしたのは俺だった。

「……後でな」
「じゃあ昼休み迎えに行く! 4時間目終わったらすぐ行くから待っててね」

ぱぁっと花が咲いたように笑って、約束ときゅっと手を握る力が強まった。
そのまま歩き出したしろに、離せともう一回押し問答するのも面倒くさくて、着いていくことにする。

あれだけ振り回されているくせに、俺はいまだにこのしろの笑顔に弱かったりする。
木原あたりに知られたら、間違いなく馬鹿じゃねぇのと言われるんだろうと言うのも自覚済みだけど。

惚れた方の負けだと言うのなら、まさにこれなんだろうなと自嘲気味に納得する。

繋いだ指先から伝わる熱は、恥ずかしいだけでもましてや嫌悪だけでもなくて。

苛立ちのような重苦しさも確かにあるのに、それでもどこか愛しいような気がしてしまう。


だから、そう。馬鹿なのは間違いなく、俺だ。



木原は呆れるを通り越して、若干怒っていた。
その理由はわかりすぎているんだけど。

――千沙は、このままずっとあいつをなぁなぁで許して、それで続けてくので、満足なんだ?


その答えを、俺は知らない。

お付き合いくださりありがとうございました!