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嘘吐きな恋人《6》

うちの高校にはいくつか暗黙の了解がある。その一つが屋上の鍵だった。
屋上のドアノブに赤い紐が結ばれているときは、立ち入らない。
いつからその密約があるのかも知らないけれど、俺はしろ以外とその屋上の密室を利用したことはないし、する予定もないだろうから、しくみも成り立ちも特に興味はなかった。
誰も邪魔をしてこないと言う点で、地味に熾烈な占有権争いが繰り広げられているらしいということぐらいは知っているけれど。
そして、しろはなぜかその権利を有している率が高かった。

しろが、俺以外の相手ともこの場所を利用しているのかどうかは、知らないけれど。


「千沙はさ」

屋上にある日陰でぼーっと寝転がっているのは、とても気が楽だった。
隣に居るのがしろだとしても、ほかに誰かがいないという点で苛々しないでいられる。

昼からの授業に戻る気がしなくて、そのままそこに居残ることを選択した俺の隣には、当たり前のようにしろが座っている。膝枕してあげようかと言うのをいらないと切り捨てたからだ。
膝枕が気持ちいいかと言われればどうなんだろう、アスファルトの上よりはましかもしれないけど。
しろの指先が弄ぶように毛先を梳く。

最近なんだか深く眠れていないような気がして、睡眠不足な感があったからかもしれないけれど、そのリズムに押されるように瞼が重くなってくる。

「俺といて、楽しい?」

なのになんで、そんなことを聞くんだろう。
落ちてきた声は、しろにしては珍しい自嘲を含んだものだった。

「なんで?」
「千沙は最近俺にぜんぜん本音話してくれないし」

目を開けて視界に入ってきたしろの顔が、苦しそうだったりしたら嫌だな。笑ってても、嫌かもしれないけど。

それを知りたくなくて、万が一にも視界に入らないように寝返りを打ってしろに背を向けた。

「木原にはいろいろ話してるみたいなのに」

変えた体勢を追いかけるように、しろの指先がまた髪の毛に触れた気がした。

「なに、おまえ妬いてんの」

だとしたら、それはひどく滑稽だ。しろらしくない。そんなのおまえ、気にしないだろ、いつもなら。
そうなのかなと小さくしろが苦笑した。

「勝手だよな、おまえ」
「……うん、そう思う」
「勝手だよ」

おまえが俺にそう感じている何倍も、俺はおまえに嫉妬している。しろは誰にでも優しさを与えるのだとわかっていて、なお。
それでもなんで、俺はこんなにしろに弱いんだろう。
黙ったままのしろに、逃げ道を用意してしまうのは、なんでなんだろう。

「おまえはさ、俺といて楽しいの?」
「楽しい、よ。俺は千沙が好きだから、傍にいたい」

しろの指先が柔らかく髪の毛に触れ続けている。
気持ちがいいように思う気持ちもまだあったけれど、どうしようもなく苦しかった。ごまかすようになら、と口を開く。

「なら、いいじゃん。おまえがそれでいいんならそれで」

しろの手の動きが一瞬、止まった。

「……千沙は?」

確かにその疑問には答えていなかったなと思ったけれど答えたくなくて、固く眼を閉じた。このまま眠れたらいいのに。何も考えずに、深いところまで。

あきらめたようにしろの手がまた髪の毛を梳いて、頭を撫でた。
そのままうとうととしていたらしい浅い眠りは、屋上の扉がきしむ音で少しだけ破られた。
聞こえてくる声が遠いように感じるのは、まだ意識が夢の中にあるからだろうか。

しろを呼ぶ声がした。
その声が三浦のものだと思い至った瞬間、またどこかがきりっと痛んだ。鈍痛というよりかは、鋭い痛み。
起きているのを知られたくなくて、そのままひっそりと息を吐き出す。

「――ここじゃ、駄目だって」

宥めるような甘やかすようなしろの声。

「うん、――じゃあちょっと待ってて」

しろが立ち上がる気配がして、もうこんなの今更だってわかってたはずなのに、唐突に泣きたくなった。

行くなとかっこ悪くても、引き留めたいような気もするのに。
半分眠りの中にあるような身体からは、声もでなくて。

行くなよ。

肩に柔らかいものが掛かった。たぶんしろのカーディガンだ。しろの匂いがした。こんなもんじゃなくて、おまえがいろよと、本当はずっと、言いたいような気がしているのに。

ドアが静かに閉められて、音が消えた。

なんで、なんだろう。
なんで俺は、未だしろに、未練を持ってしまっているんだろう。

何で俺は、こんなに――好きなままなんだ。

お付き合いくださりありがとうございました!