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嘘吐きな恋人《7》

次に目を覚ましたとき、ずっとそこにいたような顔でしろが、にこっと何の罪悪感もなさそうに微笑んだ。

「おはよ、千沙」

まるであれが、夢だったみたいに。でも、そうじゃない。

「結構よく寝てたね、昨日あんまり寝てなかったの?」

もう6時間目終わるよとしろが言った直後にチャイムが鳴り響いた。屋上で寝起きに聞くそれは、耳鳴りのように頭に響く。
上体を起こして座りこむと、カーディガンが膝の上に落ちてきた。

「戻ってて良かったのに」

カーディガンをしろに手渡しながら小さく言えば、屈託なくしろが笑った。

「なんで? 千沙がいるのに、どっか行くわけないじゃん」

――嘘付け、三浦とどっか、消えてたくせに。

瞬間、あり得ないくらいなにかがぷつんと冷めた。
無言でじっとしろを凝視していると、しろが戸惑ったように「千沙?」と俺の名前を呼ぶ。

その顔に、声に、少しでも罪悪感のようなものがあれば、もしかしたらまた別だったのかもしれない。

でもしろには、それがない。
ずっとずっと、それさえない。

だから本当はわかっていた。しろにとって浮気も俺との恋愛も、何の区別もないんじゃないかということは。

なのに俺たちが「つきあっている」状態だったのは、なぜだか知らないけど気まぐれでしろが俺に告白して、俺がそれを受け入れて、浮気されてもずっとバカみたいに縋ってきてたからだという、それだけで。

しろの目から視線を外したのに、そこまでの他意はなかった。
けれど降ろした視線の先が首筋で止まる。止まって、しまった。

その視線の意味に気がついたのかしろが表情を微かに止めた。なんでこんなときにだけ変えるんだろう。あぁもう嫌だな、本当に。


「痕」

立ち上がりざまに首もとに手を伸ばす。触れた指先から、消えていってしまいそうだった。

「見えてる」
「千……」
「別に、いいけど」

そのまましろの横をすり抜けて、もうこんな場所なんてでていきたかったのに。
しろが俺の手をつかんだ。

俺はしろと一緒にここにいるのが確かに好きだった。
誰にも邪魔されないと思っていたけど。
ここももはやしろにとっては俺だけの場所じゃなくなっていたんだろう。

そうじゃなかったら、三浦がここに来るはずがない。

だからもういいと、本当に思った。
どうせしろが浮気してようが、していまいが。
俺を置いていこうが、どうしようが。

だってそれは、しろにとって浮気じゃないんだ。
なのに俺が特別なんだと今まで勘違いして、俺が勝手に苦しくなっていただけなのかもしれない。
もしかしたら前みたいに、なんて馬鹿みたいだ。

あのときもしろは、今と変わらなかったのかもしれない。
ただそれに俺が気付いていなかっただけで。

俺が美化していただけで。


「もうほんと、別にいんだって」

しろが口を開く。簡単にごめんと謝るその唇は、俺じゃない誰かに簡単に愛をささやける。
俺に対して特別だという声で、同じことを誰かに言う。

でももうそんなことで、苦しくなりたくないとも思う。本当に。
だったら、――別にどうでもよくなってしまいたかった。
なってしまえたら、いいのにと何度も願っていた。

それがようやく、叶いそうな気がしている。
どこかひどくすっきりしたような、空っぽなような、よくわからない空白を抱え込んだまま小さく笑った。

お付き合いくださりありがとうございました!