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嘘吐きな恋人《8》

「なぁ、おまえさ、俺のどこが好きだったわけ?」
「千沙、」

しろの目がかすかに揺れた。すぐに返ってきそうにもない答えを、初めから期待なんてしていなかった。

「別に、それもほんとにもういいけど」

と言うよりかは、聞きたくなかったのかもしれない。これ以上惑わされたくないから。

しろは最悪なのに、最低な男になりきってくれないから。

「終わりにしたいんだったら終わらせて。もうほんと、どうでもいいよ、俺は」

ここまできて俺から終わりの決断をできないのは何でなのか。そんなことは知りたくない、考えたくもない。
あきらめたはずで、でもまだ苦しい。痛い。もうきっと、どうしようもない。

しろの手が震えている気がした。

「……俺は、千沙と、一緒がいいよ」

なんでなんだろう。終わらせてやるって、もう浮気とかそんなの気にしなくてよくしてやるってそう言ってるのに。
しろはいつも、別れたくないと、そう縋るんだろう。
傷つけあうだけみたいななんの発展性もない、これに。

「そっか」

それでもひどくあっけなく声はでた。でもなんだか自分じゃない誰かが声帯を勝手に使っているみたいで。

「じゃ、別にもういっか、このままで」

このまま、で。つきあうという概念がもはやよくわからない。特別だという言葉が信じられない。

それでもまぁ別にいいよと。そう思ってしまうまでにどれだけきつかったと思うんだ。八つ当たりのような熱をどこかで感じながら了承する。
と、しろがゆるく頭を降った。前髪に覆い隠されて表情が見えなくなる。

「千沙は」

絞り出された声は、昔からずっと変わらない。俺だけだと思っていた、思いこんでいたあのころと。

そこでそうか、と俺はふと気がついた。

あのまま思いこんだままでいられたら、こんな思いしなかったのかもしれないな。幸せだったのかもしれないな。


「千沙は、俺といたい? 俺といて、楽しい?」

それはさっき俺が答えなかった問いかけと全く同じで。

「知るかよ」

何も言うつもりはなかったのに、するりとのどから声がこぼれだしていた。

「おまえは、俺がおまえといて楽しそうって思うの、幸せそうって思うの」

言葉に詰まったしろを傷つけたかったわけじゃない、たぶん。
ふっと目をそらして最後を吐き出した。

「だからいったろ、別にもういいんだって」

だから何も気にしなかったらいい。期待しなかったらいい。期待するから苦しいんだ。好きだから痛いんだ。
もうずっと痛い。もはやどこかわからないところがずっと、ずっと。

でもそれも、これで終わることを願う。
俺はまだしろを好き、かもしれないけど。明日も好きかもしれないけど。
もう好きじゃないんだって。どうでもいいんだってこのまま念じ続ければ、きっとそのうちそれが本当になる。

本当にどうでもよくなって、笑って許せるようになる。
そんな未来を、自分が望んでいるのかどうかすらよくわからなくなってしまっているけれど。

でもこれ以上、しろを好きでいるのは苦しかった。
それだけは、本当で。

「じゃあそういうことだし、別になんも変わんないんだからさ、しろは気にしなくていいよ」

しろは何も言わなかった。でも俺を掴んでいたしろの手からするっと力が抜け落ちて。だからそれが答えだと思った。

明日、しろはまた変わらない顔で俺に会いに来るんだろうか。それとも、もう来なくなるんだろうか。
勝手に浮かんでしまった問いを無くしてしまいたくて頭を振った。
でもそれも、だからもう、どうでもいいんだって。

俺は、どうでもよくなりたいんだって。

お付き合いくださりありがとうございました!